その上司、俺様につき!
当然湧き上がる疑問を正直にぶつけた。
すると、
「……私の独断だ」
100歩譲っても、到底回答とは思えない言葉が返ってくる。
「はあ!? ちょっと、どういう意味なんですか!?」
「君の、”会社員”としての能力に期待している」
久喜善人は「これで話はおしまいだ」とでも言いたげな一瞥を私にくれてから、きゅっと踵を返した。
「ちょ、ちょっと! 勝手に話を始めて勝手に終わってんじゃないわよ!」
会議室を出ようとする背中に、私は思い切り、思いの丈をぶつける。
「部下が納得できるまで、ちゃんと説明するのが上司の仕事でしょ!?」
明らかに私よりもポジションが上だとわかりきった相手だったが、この時の私は敬語の「け」の字も念頭になかった。
「上司は部下への説明義務ってもんがあるでしょうが!」
彼は流れるように滑らかな動きで体の向きを変えると、私にビシッと人差し指を突きつけて、
「上司への言葉遣いをわきまえたまえ」
と、感情のない声で言う。
こんな状況でも、惚れ惚れしてしまう動作だった。
「……すみま、せん」
思わず、口が勝手に謝罪の言葉を述べる。
(どんなに器が整っているからって、中身がこれじゃあ最悪だわ……)
けれども、彼の指摘は至極まっとうだ。私は一旦頭を下げ、でもすぐに気を取り直して抗議する。
「でも! 私はまだ納得できてま―――」
なおも引き止めようと言い募る私を完全に無視して、久喜善人は会議室を出て行った。
閉じられたドアのガチャッという音が、私の”取り残された感”を一層引き立てる。
「信じ……らんない……」
まるでコントのように、両膝をガクッと床のカーペットについてしまった。
「今日は……年度始めの日で……待ちに待った、期待に満ちた1日になるはずだったのに……」
全身の力が一気に脱力し、そのままペタンと座り込む。
「なんで……こんなことに……」
大きく裏切られた期待と予想に、思わず涙が滲んだ。
まさか会社で泣く日が来るなんて。
異動が決まった日も、泣くことだけは絶対にすまいと堪えに堪えたのに。
マスカラが落ちないように注意して涙をぬぐっていると、社内に一斉放送が流れた。
「2階ホールにて、9時45分より、社長の新年度のご挨拶があります……繰り返します……」
「あ……私も行かなきゃ……」
ヨロヨロと立ち上がり、テーブルに手をつきながら何とか移動を始める。
夢なら覚めてほしいけれど、未だ覚めないあたり、これはまごうことなき現実らしい。
ならば、泣いても笑っても結局最後には、折り合いをつけて受け入れるしかないのだ。
「あの野郎、絶対に鼻を明かしてやるから……!」
切り替えは早い方だと自負している。
私はブツブツと呪いの言葉を吐きながら、這いずるようにして会議室を後にした。
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