その上司、俺様につき!
「さ、そろそろ帰るか! 終電も近いし!」
乗れ、と言わんばかりに飯田君が目の前で屈む。
ここで先ほどの告白をほじくり返すことは、彼からのエールを踏みにじる行為と同じだ。
さっぱりとした表情を浮かべている飯田君の気持ちに、水を差すような余計なことはしたくない。
私は申し訳ない気持ちと、心苦しい気持ちと。
簡単には言い表せない複雑な気持ちを抱えていたが、それを彼に悟られないよう、グッとお腹の底に飲み込んだ。
そして、飯田君の肩に手をかける。
「いいの?」
何度も言わせるな、と目で合図された。
「じゃあ……お邪魔します」
「ぐっ!」
足元がふらつくため、どうしても勢いがついてしまう。
ただでさえ、成人男性に成人女性が長時間覆いかぶさるのは無理がある。
お互い酔っていればなおさらだ。
「ごめん……」
よろよろと立ち上がった彼の首筋は、力の入れすぎで真っ赤に染まっていた。
急な坂道が続く中、私を背負って歩くのはかなりハードな運動に違いない。
それでも飯田君は汗を流しながら、一歩一歩足を前に踏み出してくれる。
(どうして……)
「あのさ……」
「んん?」
私の呼びかけに返事をする飯田君は、至っていつもの調子だ。
なんだか無性に泣きたくなった。
私が彼の恋心に気づかずにいた間、今の私の同じような感情を、飯田くんも味わっていたのだろうか?
「……いろいろ、ありがとう」
首に回した腕に、力を込める。
細いとは言え、やっぱり飯田くんの背中は、男らしい男性の背中だった。
(どうして、この人のこと、好きになれなかったのかな……)
ややあって、飯田君が答える。
「……いいよ、気にすんな」
彼の背中から見上げた夜空には、まだ北極星がキラキラと輝いていた。
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