その上司、俺様につき!
「……え?」
この場にそぐわない展開に、思わずポカンと面を食らってしまう。
(好き……? 好きって、飯田くんが私を……恋愛的な意味で?)
「ちょ、ちょっとごめん。もう一回言ってくれない?」
自分の脳が弾き出した見解に、いまいち自信が持てない。
改めて飯田君に問いただすと、ややうんざりといった表情をされてしまった。
「……やっぱ、全然伝わってなかったんだな」
挙句、大きなため息まで吐かれてしまう始末。
「え、だって、ちょっと!」
焦りの感情しか出てこない。
(まさか……でも、だって―――!)
胸のあたりがザワザワと落ち着かない。
わかりやすく困惑している私を見て、当の本人がプッと吹き出す。
「同期の中で一番美人だったってのが、きっかけっちゃあ、きっかけだったけど。他の奴が困ってたら、ブーブー口では文句言ってても、ちゃんと手伝ってやったりとか」
懐かしそうな表情で彼が話す言葉を、私はただ黙って聞いていることしかできない。
「最初は俺のこと、営業成績でライバル視してたみたいだけど、一回飲みに行ったらすぐに打ち解ける切り替えの早さとかさ」
「……飯田君」
「そういうとことに気づき始めたら、あーもーこりゃ、好きになっちゃったなって自覚しました! でも言えなくて、3年か4年もの間、お前に片思いしてました!」
あまりにも顔色に困惑がにじみ出ていたからだろうか。
彼は急にこちらを憐れむような、優しい笑顔を見せた。
「……大丈夫、もう過去系だよ」
そして、この話はこれで終わりとでも言いたげに、うーんと気持ちよさそうに伸びをする。
「過去……?」
彼の言葉を噛みしめるように繰り返した私に、微笑んで頷く。
「……そう、過去。だからさ、お前のことはお前が自分で決めろよ。俺の気持ちも久喜さんの立場も、逃げ道の言い訳に利用すんなよ」
言い終わるや否や、手にしたコーヒをグッと飲み干して、空になった缶を勢い良くごみ箱めがけて投げた。
カランと小気味いい音がして、見事に缶がごみ箱に収まる。
やった、と小さく飯田君がガッツポーズを取った。
「でもさ、久喜さんのこと泣くほど好きなんだろ。そういう人って、滅多に会えるもんじゃないぜ?」
清々しいくらいの笑顔で、彼が私を見つめる。
「お前はさー」
そこで一旦言葉を区切ると、ほんの少しだけ飯田君は次のセリフを言い淀んだ。
でもすぐに、見ている私が圧倒されるような明るい表情で、彼は朗らかに告げる。
「―――お前はさ、俺みたいになるなよ!」
そして私の返事を待ってくれないまま、次の行動に出る。
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