その上司、俺様につき!
「ちょ、何して……!」
この期に及んで抱き合うなんて、正気の沙汰ではない。
なんとか彼の体を引き剥がそうともがいたけれど、圧倒的な力の差を前に、私に勝ち目などなかった。
「は、離してくださいよ! 社長が見てるのに、頭おかしいんじゃないですか!?」
「……君はもう少し口の聞き方を学んだ方がいい」
「な、何を言って……!」
ソファの上でバタバタとみっともない攻防を繰り広げていると、今一度大きな咳払いが聞こえた。
「仲睦まじきことは、良きことなんだがね」
やれやれといった体で、社長が私たちに告げる。
「痴話喧嘩は家でやりたまえ」
ごもっともな指摘にいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
穴があったら入りたい。
「も、申し訳ありま―――」
咄嗟に頭を下げよとした時、久喜さんの口から目玉が飛び出るような発言が飛び出した。
「それもこれも、あなたが仕組んだことじゃないですか」
「……は?」
ポカンと口を開けた私とは裏腹に、社長はハッハッハと快活に笑っている。
「いろいろと条件をつけてくれましたが、ご覧の通り無事に丸く収まりましたんで、この件は認めてもらえますね?」
「いや、丸く収まったかどうかはまだわからんだろう。何より、彼女の気持ちは確認したのかね?」
「……この状況を見ていただければ、一目瞭然かと思いますが?」
まるで暗号のようなやりとりが繰り広げられている。
何がどうなっているのか、理解の糸口すら探し当てられない状況だった。
「言質をとらねばなんとも言えんなぁ」
「またあなたは……だから母さんにも愛想をつかされるんですよ!」
「か、母さん?」
2人のやりとりをただ聞いているだけだった私が、いきなり割り込んでしまったせいか、急にシン……とした静寂が部屋に訪れる。
ポンポンと弾むようにかわしていた会話の邪魔をしてしまったかと心配になったが、ずっと黙っていても謎は深まるばかりだ。
「あの……いまいち状況を把握できていないんですが……何がどうなっているんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、ムスッとした表情で久喜さんが言った。
「……説明したいのは山々だが、まず、はっきりさせておきたいことがある」
そして私の両肩をグッと両手で押さえ、力強い眼差しで瞳を見つめてくる。
「は、はあ……」
頭に大量の疑問符を浮かべたまま、私は返事をした。
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