その上司、俺様につき!
「わかった! わかったから! そんな、鬼のような顔で俺を見なくたっていいだろう!」
「お、鬼……?」
真顔になっていた自覚はあるけど、まさか鬼と表現されるとは思わなかった。
やっぱり久喜さんには、いちじるしくデリカシーが欠如しているのかもしれない。
(そりゃ今日は1日中、ノーメイクでしたけれども!)
面談にやってきた人達の、ギョッとした顔がいまだに忘れられない。
私はこれから会社の引き出しにも、サブでメイク道具を置いておこうと固く誓った。
「いや、今のは言葉のアヤだ。すまない、もちろん本心ではない……」
ムッと黙りこくった私に不穏な空気を感じたのか、今までにないスピードで久喜さんが謝罪する。
「……そうですか」
「頼むよ、疲れているんだ。あんまりピリピリしないでくれ、心臓に悪い」
かろうじてスーツやブラウスはパリッとしていたものの、確かに雰囲気はいつもの彼とはかけ離れていて、ヨレヨレ感が満載だった。
今の時刻はまだ、定時の労働時間が終わったばかりだというのに、すでに徹夜明けのような風情が漂っている。
「……私は、明日でもいいですよ?」
明日は金曜日。週末の休みに向けて、今日よりはまだ余裕を持って仕事に打ち込める日だ。
きちんと状況を話してもらえるなら、1日くらい我慢できる。
「大丈夫、約束は守るよ。最初から説明させてくれ」
けれど久喜さんはしっかり私の目を見て、今から告白するからと宣言してくれた。
そして、テーブルの上で両手を組むと、ふうっとため息をひとつ吐く。
「君の存在を知ったのは、3年ほど前だ」
「……社長もそのように仰ってました」
事前に聞かされていなかったら、もっと驚いていたことだろう。
まさかそんなに前から、彼が私のことを知っていただなんて、きちんと話をしてもらわなければ、状況が飲み込めないままになってしまう。
「ああ……君のことは真っ先に、社長に話したからな。営業部に面白い女子社員がいるようだと」
「面白いって……私、褒められてます?」
「もちろん。入社3年目でまだまだこれからってところなのに、男顔負けのガッツがあって、負けん気が強くて」
やっぱり、私という人間を語るにあたっては、ガッツとか男気とか、雄々しい表現が必要不可欠なのだろうか?
ますます自分の女らしさに自信がなくなる。
「……あんまり褒められている気がしないんですけど」
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