パンデミック.新形コロナウイルス
「このまま夜が明けて、コロナが終わってしまったら。そうしたら、リサとも会えなくなっちゃうんだよね」
僕はそう言って、彼女の肩に顔を埋めた。僕たちは付き合っているわけじゃない。ただ、隕石がぶつかるような偶然で同じ場所に居合わせ、パンデミックという暗闇の中で手を取り合っただけ。外の世界が正常に戻り、ドアが開かれたとき、僕たちのこの「密室の聖域」は魔法が解けるように消えてしまう。
リサは黙って僕の背中を撫でた。彼女の手のひらが、僕の不安を吸い取っていくように感じた。
「秋生、泣かないで」
彼女の声は、オンライン会議の時の整ったトーンとは違う、もっと脆くて、掠れた、心からの響きだった。
「終わるのが怖いんだね。私だって、ここから出たくないよ。外に出たら、私はまた『オンラインで仕事をする一人の人間』に戻って、あなたは『どこかで生活する一人の人間』に戻る。……もう、こんな風に、朝まで二人で寄り添うことはできないかもしれないね」
彼女が僕の頬を両手で挟み込み、上目遣いに覗き込んできた。その瞳が潤んでいるのを見て、僕は胸が締め付けられた。
たったこれだけのことだ。誰かと会えなくなるかもしれないという不安。この狭いホテルの部屋で、ただ一緒に飯を食い、ただ一緒に眠る。それだけの時間が、人生のすべてのように愛おしく感じられる。
「情けないよね、男がこんなことで泣きそうになって」
「情けなくないよ。……だって、私も同じだもん」
彼女は僕の額にそっと自分の額を寄せた。パンデミックは世界から「自由」を奪ったけれど、その代わりに、僕たちの心に「今、この瞬間を失いたくない」という切実な渇望を植え付けた。
僕たちは、小さなことで深く傷つき、小さなことで永遠のような幸福を感じるようになった。この極限の閉塞感が、いかに人の心を剥き出しにし、震えさせるか。それを知ったことが、僕のコロナ時代における唯一の、そして最大の収穫だった。
外ではまた救急車の音が通り過ぎていく。世界は相変わらず混乱し、終わりが見えない。でも、リサとこうして膝を突き合わせていると、この夜が、この終わりのない戦いが、ずっと続いてほしいとさえ思えてくる。
「ねえ、リサ。夜が明けるまで、あと何時間あるかな」
「……まだ、たくさんあるよ。だから、泣かないで。今はまだ、私だけの秋生でいて」
彼女のそんな言葉に、僕はまた胸が熱くなった。結局、どんなに世界が強固なシステムで固められていても、人の心はこんなにも脆く、そしてこんなにも温かい場所を求めているんだ。僕とリサの情けない、けれどかけがえのないやり取りが、深夜のホテルの一室で、ひっそりと繰り返されていた。
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