パンデミック.新形コロナウイルス
リサさんの寝息が、ホテルの静かな部屋に溶けていく。オンライン会議のモニターの光が、彼女の横顔を青白く照らしていた。一日中、ヘッドセット越しに無機質な言葉を投げ続け、システムの一部として振る舞わなければならなかった彼女。その疲れが、今は無防備な寝顔に表れている。
僕は、どうしても彼女の体温が恋しくて、眠っている彼女の手に触れた。そっと繋ぎ、囁きかける。返事のない彼女に、何度も何度も話しかけた。
「ねえ、リサさん……」
僕の執拗な呼びかけに、彼女の眉がピクリと動いた。やがて、わずかに目を開けた彼女の瞳には、明らかに不機嫌な色が浮かんでいた。
「……なんなのよ、もう」
彼女は苛立ちを露わにして、僕の手を振り払った。その拍子に、彼女が反射的に上げた手が僕の頬を叩くような形になった。あるいは、僕が勢い余って何かにぶつけたのかもしれない。不意打ちのようなその動作に、部屋が一瞬、凍りついた。
彼女の指先が、僕の肌をかすめる。それは決して優しくはない、拒絶を含んだ鋭い動きだった。けれど、その痛みが、かえって僕を興奮させた。
彼女もまた、この閉塞した世界で、限界まで自分を削って戦っているのだ。その剥き出しの感情が、システムに管理された言葉ではなく、生身の「拒絶」として僕に向けられた。それが、たまらなく愛おしかった。
しばらくして、彼女は我に返ったように僕の顔を見た。
「……あれ、その手、どうしたの。赤くなってる」
さっきまで怒っていたはずの彼女が、信じられないほど穏やかな表情で、僕の手を優しく掬い上げた。彼女の指先が、僕の傷ついた箇所を丁寧に、慈しむように触れる。消毒薬の匂いと、彼女の微かな体温が混ざり合い、僕の心を満たしていく。
「ごめん……私、疲れてて。そんなつもりじゃ……」
彼女は丁寧に手当てをしながら、僕の掌に何度もキスを落とした。先ほどの激しい拒絶さえも、この優しい手当てのための前振りに思えた。
自分を傷つけた相手に対して、これほどまでに慈愛を向けてくれるなんて。彼女が僕に向けてくれるその不器用で、激しくて、そして圧倒的に温かい情動に触れたとき、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
「リサさん、僕、君のことが本当に好きだよ」
僕は、彼女の首筋に顔を埋めた。
このパンデミックという暗闇の中で、僕たちは傷つけ合い、それでもまた手当てし合う。その繰り返しのたびに、僕たちの絆は誰にも切り裂けないほど濃く、深くなっていく。
彼女の少し湿った髪の匂いを嗅ぎながら、僕は確信した。どんなに世界が冷え切っても、この手当ての温もりさえあれば、僕は一生、この部屋の中で生きていける。そう思えるほど、今の彼女の不機嫌も、その後の優しさも、すべてが僕の心臓を強く掴んで離さなかった。
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