パンデミック.新形コロナウイルス
この巨大な病院の地下は、単なる隔離施設ではなく、一つの「閉ざされた都市」として完成している。
地上に一歩も出ることなく、すべての欲求が満たされる場所。それがこの病院の地下の正体だ。地上の東京へ外出すれば、未知のウイルスや感染症のリスクにさらされる。それを極端に恐れる病院側は、地下深くにデパート、ローソン、さらにはヨドバシカメラやビックカメラまでを完備した。
地下1階に降り立つと、そこは病院というよりは巨大なショッピングモールのようだ。
「ねえ、秋生。今日は何を買って帰ろうか」
明かりがデパートの売り場を歩く。彼女たちは、地上のデパートへ買い出しに行く必要などない。地下のヨドバシカメラには最新のデジタルガジェットが並び、デパートの食品売り場には、明日をも知れぬ子供たちが「食べたい」と願ったものが何でも揃っている。
この地下都市の構造は、死刑場のような拒絶の場所ではない。むしろ、あまりに完成された「最期の楽園」なのだ。
もう長くはない子供たちに、最期のワガママを叶えてあげるための場所。外に出られないのなら、病院の中に外の世界を再現すればいい。売店で買ったお菓子を手に、そのまま地下2階へ降りれば、そこにはディズニーランドから移設されたメリーゴーランドが回っている。
「ここでなら、カルシウムも足りるし、退屈もしない。……そうやって、病院は子供たちの心まで管理してるんだ」
僕はサムソン製のスピーカーから流れるAMラジオの音に耳を傾ける。Wi-Fiを通じたクリアな電波で、東京の今がリアルタイムで流れてくる。テレビの6チャンネルも、地上の風景も、すべてがこの地下のモニターの中に引き込まれている。
地上の人たちが感染を恐れてマスク越しに息をする中、僕たちは地下で、かつて地上の子供たちが夢見たおもちゃを手に取り、贅沢な最期を過ごす。
だが、この「便利さ」は、あまりに冷徹な鎖だ。
デパートで買い物をし、最新の家電でラジオを聴き、遊園地で遊ぶ。そんな心地よい日常を過度に見せることで、子供たちは「ここが自分のすべてだ」と錯覚し、外の世界――つまり、本当の死や、自分たちが消されているという現実から目を逸らすようになる。
隣の病室からは抗がん剤の副作用に苦しむ声が漏れ聞こえ、そのすぐ向こうでは、医学的なミスを隠蔽するための手術が行われている。それらすべてを「デパート」や「家電量販店」という文明の光が、見えにくいように覆い隠しているのだ。
「ヨドバシで買ったこのラジオ、地上の声がよく聴こえるね」
明かりは観覧車のゴンドラで、ラジオのダイヤルを回す。
地上の喧騒が、ノイズ一つなくこの地下の密室に注ぎ込まれる。僕たちは、この「外に出ないための完璧な世界」の中で、看護師として患者の最期を看取り、そして自分たち自身の「外のない人生」を塗り重ねていく。
この病院の地下都市で、僕たちは確かに楽しんでいる。けれど、その楽しさの一つ一つが、病院が用意した「出口のない牢獄」を補強するためのレンガのようにも思えるのだ。
「明かり、明日もデパートに行こう。君が食べたいと言っていたもの、全部買ってくるから」
僕は彼女の冷たい頬を撫でる。
ここは東京で一番安全で、そして一番残酷な、終わりなき地下都市。僕たちはこの街の住民として、今日も誰にも知られずに、贅沢な絶望を噛み締めている。
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