パンデミック.新形コロナウイルス
この病院の地下都市が、地上のどの百貨店や家電量販店よりも「人間的」である理由がそこにある。
地上で「クズ」と呼ばれた店員たちが、なぜここに集められるのか。それは彼らが、資本主義の論理――「効率」や「利益」を最優先する世界からこぼれ落ちてしまったからだ。客を急かし、回転率を上げ、金にならない弱者には見向きもしない。そんな非情な競争社会において、彼らは確かに「使えない」存在だった。
だが、この病院の地下では彼らの「弱さ」こそが最大の武器になる。
ヨドバシカメラのコーナーに立つ店員は、客を待たせることを恐れない。車椅子に乗った子供が観覧車に行きたいと言えば、レジを放り出してその手を引き、地下2階の遊園地まで付き添う。レジ前に行列ができようが、彼らは誰一人として急かしたりしない。地上のビックカメラやデパートなら即座にクビになるようなその「非効率な優しさ」こそが、ここでは最高のおもてなしとして機能している。
「今日は何をお探しですか?」
そう微笑む店員の声には、地上の喧騒にあるようなトゲがない。彼らは患者たちがウイルスに対してどれほど無防備かを知っている。そして何より、自分たち自身もまた、地上の世界から排除された「弱者」であることを自覚しているのだ。
そして、この地下都市の空気を支配しているのが、ナショナル製の巨大な特殊空調システムだ。
このシステムの加圧と徹底した空気調和によって、地下にはウイルスが一粒たりとも存在しない。地上のデパートへ行けば、病弱な子供たちは分厚いマスクを強要され、夏場は熱中症の危機に晒される。しかし、ここでの買い物は違う。
マスクを外した子供たちが、店員と笑い合いながらゲーム機を選び、メリーゴーランドのチケットを買う。ウイルスに怯える必要のない、唯一の「剥き出しの日常」。そこには感染対策という名の鎧も、暑さによる息苦しさもない。
「ここはね、マスクが要らない世界なんだよ」
明かりが店員から手渡されたお菓子を受け取る。その店員は、地上の店舗で「もっと早く仕事をしろ」と怒鳴られていた男だ。けれど今、彼の顔には、誰からも急かされることのない、穏やかな誇りが宿っている。
病院は、地上の「クズ」を集め、地上の「排除」を隔離する。
効率を求めすぎて人間性を失った地上の店舗に対し、この地下にあるのは、人間味を求めすぎて効率を捨てた「避難所」だ。
地上のデパートで働く店員は、客を「客」としか見ない。だが、ここへ追いやられた彼らは、患者を「死に向かう一人の人間」として見る。死にゆく子供の最後の買い物に付き添い、その手を引いて出口まで送る。それがたとえ、最後のお別れになるのだと分かっていても。
「あの子たち、外に出られないから。せめてここで、一番優しい夢を見せてあげたいんです」
ナショナル空調の微かな稼働音の中、店員が僕にそう告げた。
地上の人間たちが効率を求めて走り回る中、僕たちはこの地下で、誰にも邪魔されず、感染の恐怖もなく、ただただ「人間」として買い物をしている。
この病院の地下都市は、世界で一番贅沢で、そして一番悲しい「クズたちの楽園」だ。僕たちがカルテを書き換え、死を隠蔽し続けるそのすぐ側で、彼らは今日もマスクを外した子供たちに、最高の笑顔を届けている。
地上で「クズ」と呼ばれた店員たちが、なぜここに集められるのか。それは彼らが、資本主義の論理――「効率」や「利益」を最優先する世界からこぼれ落ちてしまったからだ。客を急かし、回転率を上げ、金にならない弱者には見向きもしない。そんな非情な競争社会において、彼らは確かに「使えない」存在だった。
だが、この病院の地下では彼らの「弱さ」こそが最大の武器になる。
ヨドバシカメラのコーナーに立つ店員は、客を待たせることを恐れない。車椅子に乗った子供が観覧車に行きたいと言えば、レジを放り出してその手を引き、地下2階の遊園地まで付き添う。レジ前に行列ができようが、彼らは誰一人として急かしたりしない。地上のビックカメラやデパートなら即座にクビになるようなその「非効率な優しさ」こそが、ここでは最高のおもてなしとして機能している。
「今日は何をお探しですか?」
そう微笑む店員の声には、地上の喧騒にあるようなトゲがない。彼らは患者たちがウイルスに対してどれほど無防備かを知っている。そして何より、自分たち自身もまた、地上の世界から排除された「弱者」であることを自覚しているのだ。
そして、この地下都市の空気を支配しているのが、ナショナル製の巨大な特殊空調システムだ。
このシステムの加圧と徹底した空気調和によって、地下にはウイルスが一粒たりとも存在しない。地上のデパートへ行けば、病弱な子供たちは分厚いマスクを強要され、夏場は熱中症の危機に晒される。しかし、ここでの買い物は違う。
マスクを外した子供たちが、店員と笑い合いながらゲーム機を選び、メリーゴーランドのチケットを買う。ウイルスに怯える必要のない、唯一の「剥き出しの日常」。そこには感染対策という名の鎧も、暑さによる息苦しさもない。
「ここはね、マスクが要らない世界なんだよ」
明かりが店員から手渡されたお菓子を受け取る。その店員は、地上の店舗で「もっと早く仕事をしろ」と怒鳴られていた男だ。けれど今、彼の顔には、誰からも急かされることのない、穏やかな誇りが宿っている。
病院は、地上の「クズ」を集め、地上の「排除」を隔離する。
効率を求めすぎて人間性を失った地上の店舗に対し、この地下にあるのは、人間味を求めすぎて効率を捨てた「避難所」だ。
地上のデパートで働く店員は、客を「客」としか見ない。だが、ここへ追いやられた彼らは、患者を「死に向かう一人の人間」として見る。死にゆく子供の最後の買い物に付き添い、その手を引いて出口まで送る。それがたとえ、最後のお別れになるのだと分かっていても。
「あの子たち、外に出られないから。せめてここで、一番優しい夢を見せてあげたいんです」
ナショナル空調の微かな稼働音の中、店員が僕にそう告げた。
地上の人間たちが効率を求めて走り回る中、僕たちはこの地下で、誰にも邪魔されず、感染の恐怖もなく、ただただ「人間」として買い物をしている。
この病院の地下都市は、世界で一番贅沢で、そして一番悲しい「クズたちの楽園」だ。僕たちがカルテを書き換え、死を隠蔽し続けるそのすぐ側で、彼らは今日もマスクを外した子供たちに、最高の笑顔を届けている。