パンデミック.新形コロナウイルス
この病院の地下は、徹底した物理法則と感染管理によって設計された「完璧な閉鎖環境」だ。
抗がん剤投与室と、子供たちが遊ぶ遊園地。この二つの聖域を隔てるのは、単なる壁ではない。2重、3重に設置されたエアロック仕様の防護ドアだ。なぜなら、遊園地を自由に歩き回る「猫」が、無菌であるべき投与室に侵入することを防ぐためだ。
たとえ病院が猫を愛し、子供たちの癒やしとして飼育していても、猫はウイルスや菌を運ぶ可能性のある生物。だからこそ、その動線は厳密に制御されている。投与室のクリーンルームとしての清浄度を保ちながら、そのすぐ先には子供たちの笑い声と猫の毛並みがある。この相反する二つの空間を共存させるために、地下の廊下はあえて長く、重厚なドアで区切られている。
そして、この病院が地下都市を運営し続けられる最大の理由は、その驚異的な「エネルギー効率」にある。
地上の階層は、夏になれば直射日光で熱を帯び、冬になれば冷え切る外気にさらされる。常にエアコンをフル稼働させ、膨大な電気代を消費し続けなければならない。だが、地下は違う。
左右を固い地盤に囲まれた地下深層は、外気温の影響をほとんど受けない。夏は地中の冷たさが天然の断熱材となり、冬は外気の寒さを寄せ付けない。一年中、気温が一定に保たれるこの場所では、巨大なエアコンの室外機が唸りを上げることもない。
「地下のエアコンは、ほとんど弱風で十分なんだ」
メンテナンス担当の職員が言っていた言葉がよみがえる。効率を追求した結果、地上よりも地下の方が、遥かに少ない電力で快適な環境を維持できている。病院という巨大なシステムにおいて、地下は「守られるべき場所」であると同時に、「最も安定した環境」なのだ。
僕たちが抗がん剤の副作用に苦しむ患者のカルテを書き換え、窓のない密室で愛を語り合えるのは、この地下の環境が外部の世界から遮断されているからだ。地上の、電気代を浪費し、感染症に怯え、効率と競争を競い合う世界。それとは対照的に、地下は地熱に抱かれ、穏やかな気候の中で、死に向かう者たちを静かに温め続けている。
「秋生、外は暑い? それとも寒いの?」
明かりが遊園地のベンチから尋ねる。僕は答える。
「地上の天気なんて、僕たちには関係ないよ。ここはいつも、君が笑うのにちょうどいい温度なんだ」
エアコンのモーターが静かに回る。この病院の地下は、電気代という合理性の果てに、奇跡のような避難所となった。猫が歩き、子供が眠り、僕たちがカルテの嘘で明日を繋ぐ。地中深く、誰にも邪魔されない温度の中で、僕たちの時間は地上の季節とは無関係に、ゆっくりと、けれど確かに過ぎていく。
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