パンデミック.新形コロナウイルス
地下の病棟で覚えたあの強烈な引力は、ただの過去の記憶としては終わらない。今でも現実の私を縛りつけ、そして密かに怯えさせている。
電車という見知らぬ空間。そこに乗り込んできた、ただの一度も言葉を交わしたことのない見ず知らずの少女。もしも目の前でその人が苦しみ、私がそれを看病するようなことがあったら――。
想像しただけで、背筋が凍るような恐ろしさが胸の奥を突き抜ける。
普通の人であれば、他人の苦しみや病気に向き合えば、その場から一刻も早く離れたいと思うだろう。看病という生々しい営みの果てにあるのは、距離を置き、日常の安全な領域へ引き返すことだ。
しかし、私の心はそうは機能しない。苦しんでいる姿に触れ、その痛みをケアしてしまったら、私はその人に絡め取られ、二度と離れられなくなってしまう。資格などないはずなのに、聴覚や肌で感じたその人の存在の切なさに抗えず、狂おしいほどに惚れてしまう。その圧倒的な依存の磁場が、自分自身のなかに潜んでいることを、私は誰よりも知っているから怖いのだ。
以前、ある男が電車の中で「異様な臭いがすると思ったら、袋を抱えた女がその中で吐いていた」という悍ましい話をしていた。世間の人間に言わせれば、そんなものはただの「汚い異常な光景」でしかない。どんなに容姿が整った女の子であったとしても、見ず知らずの他人が吐いている姿を見て恋に落ちるなど、常識ではあり得ないし、気味が悪いと切り捨てられる話だ。
だが、その話を耳にしたとき、私の胸は嫌な音を立てて激しく脈打った。恐怖と、言いようのない引き裂かれるようなときめきが混ざり合い、身体の奥が熱を帯びた。
世間一般の「綺麗」や「汚い」という基準。他人が冷ややかに見下ろす「異常」の境界線。その向こう側で、私はまさにその「常識ではあり得ない恋愛の回路」を自分のなかに抱えている。
他人の苦痛を愛おしいと思ってしまう自分。醜さのなかに隠された生の本質に、引きずり込まれてしまう自分。
だからこそ、私はこの物語を書き留めずにはいられない。常識の物差しでは測れない、人間の心のなかの最も暗く、最も純粋な底の領域を――あの地下の病室から地続きで続いているこの恐ろしくも美しい狂気を、言葉にして残さなければならないのだ。
電車という見知らぬ空間。そこに乗り込んできた、ただの一度も言葉を交わしたことのない見ず知らずの少女。もしも目の前でその人が苦しみ、私がそれを看病するようなことがあったら――。
想像しただけで、背筋が凍るような恐ろしさが胸の奥を突き抜ける。
普通の人であれば、他人の苦しみや病気に向き合えば、その場から一刻も早く離れたいと思うだろう。看病という生々しい営みの果てにあるのは、距離を置き、日常の安全な領域へ引き返すことだ。
しかし、私の心はそうは機能しない。苦しんでいる姿に触れ、その痛みをケアしてしまったら、私はその人に絡め取られ、二度と離れられなくなってしまう。資格などないはずなのに、聴覚や肌で感じたその人の存在の切なさに抗えず、狂おしいほどに惚れてしまう。その圧倒的な依存の磁場が、自分自身のなかに潜んでいることを、私は誰よりも知っているから怖いのだ。
以前、ある男が電車の中で「異様な臭いがすると思ったら、袋を抱えた女がその中で吐いていた」という悍ましい話をしていた。世間の人間に言わせれば、そんなものはただの「汚い異常な光景」でしかない。どんなに容姿が整った女の子であったとしても、見ず知らずの他人が吐いている姿を見て恋に落ちるなど、常識ではあり得ないし、気味が悪いと切り捨てられる話だ。
だが、その話を耳にしたとき、私の胸は嫌な音を立てて激しく脈打った。恐怖と、言いようのない引き裂かれるようなときめきが混ざり合い、身体の奥が熱を帯びた。
世間一般の「綺麗」や「汚い」という基準。他人が冷ややかに見下ろす「異常」の境界線。その向こう側で、私はまさにその「常識ではあり得ない恋愛の回路」を自分のなかに抱えている。
他人の苦痛を愛おしいと思ってしまう自分。醜さのなかに隠された生の本質に、引きずり込まれてしまう自分。
だからこそ、私はこの物語を書き留めずにはいられない。常識の物差しでは測れない、人間の心のなかの最も暗く、最も純粋な底の領域を――あの地下の病室から地続きで続いているこの恐ろしくも美しい狂気を、言葉にして残さなければならないのだ。