パンデミック.新形コロナウイルス
涙がまだ乾ききらない病室の空気を、僕は何を思ったかいきなり変な方向へねじ曲げた。
引き出しの奥から、なぜか持ち出してきた未使用のPCR検査キットを取り出し、僕は満面の笑みで宣言した。
「よし、それじゃあ今からPCR検査ごっこをやります!」
「えっ、何やってるのよ急に……!」
ニコルが目を丸くして仰け反り、南ちゃんは「あーあ、また始まったよ……」と、頭痛を抑えるように深くため息をついた。
「もう、秋生くんはすぐそういうことするんだから。……私、秋生くんが何を考えてるか分かっちゃうな」
ベッドの上で体を起こした明りが、やれやれと言った様子でクスリと笑う。
「もしかしてその検査キット、私たち3人全員の喉の奥に突っ込んで、飛沫がついたそれを回収して、大事に宝物としてコレクションでもするつもりなんでしょう?」
図星だった。
世間の冷たい検査や排除のシステムに対する僕なりのふざけた反抗であり、同時に、目の前にいる彼女たちの痕跡をどうしても手元に残したかった奇妙な悪ふざけだった。
「ほら、口開けて! 検査だから!」
「ちょっと、冷たっ! やめなさいよ!」
半ば強引に、ニコルの喉に綿棒を突っ込み、続いて南ちゃんの口元へ差し出す。しまいには、僕のバカバカしさに呆れながらも仕方なく口を開けた明りの喉の奥まで、その検査キットをぐっと差し入れた。
そして、あろうことか僕は、その3人分の綿棒を並べて――何を血迷ったか――「どれが一番唾液がついていて長いか」を真剣に比較し始めたのだ。
「ちょっと、何やってるのよ、あんたは……!」
ついに、明りの堪忍袋の緒が切れた。
それまで面白そうに笑っていた彼女の顔がスッと真顔になり、次の瞬間、バシッと乾いた音が病室に響いた。明りに完全に本気で怒られ、頭を叩かれたのだ。
「バカじゃないの!? 人の検査キットでそんな変なこと比較しないでよ!」
真っ赤な顔で怒鳴る明りと、呆れ果てて言葉を失うニコルと南ちゃん。
だけど、その怒られた痛みの分だけ、冷え切った病院の空気に確かな「生きた熱」が戻ってきたような気がして、僕は叱られながらも、どこか嬉しくてたまらなかった。
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