パンデミック.新形コロナウイルス
静まり返った病室のドアが、音もなく静かに開いた。
そこに立っていたのは、カウンセラーのあかねと、かつて乳がんと闘い、そして恋人に深く裏切られた過去を持つあの患者の女性だった。今日は、彼女の退院の日だった。
さっきまでの騒がしさが嘘のようにふっと凪ぎ、室内には気まずいような、それでいて温かい空気が漂う。バタバタと騒ぎ合っていた僕たちを見て、彼女は少しだけ目を丸くした。
「……なんだか、楽しそうですね」
その声には、どこか乾いた羨望と、拭いきれない孤独の色が混じっていた。世間の冷たい物差しや、失恋の痛みにずっと囚われてきた彼女にとって、この院内学級の異様なまでの賑やかさは、まぶしすぎて、同時に少し残酷にも映ったのかもしれない。
そんな彼女の心を見透かすように、あかねは静かに一歩前に進み出て、優しく微笑みながら言った。
「さあ、お待たせしました。……ねえ、見てごらん」
あかねはゆっくりと、病室全体を包み込むような眼差しで話し始めた。
「ここの病棟にいる人たちはね、みんな、いつか命の灯火が消えてしまう人たちなの。一生、本当の意味での外の世界には戻れない、退院できない人たちもたくさんいる。だけど――この場所には、こんな風に恋があって、笑い声があって、みんなでバカをやって、シェアし合える温もりがあるの」
あかねの言葉に、ベッドの上の明りも、傍らに立つニコルも南ちゃんも、そして頭をさすりながらうなだれる僕も、じっと耳を傾けた。
「あなたはね、これから世の中に出て、また傷つくかもしれないけれど、自分で歩いて、新しい恋人を作って、新しい人生をやり直すことができる。それができるの。……でも、この子たちには、それが許されないかもしれない。どちらが本当に幸せなのだろうね」
あかねのその言葉は、冷酷な現実の宣告ではなく、深く傷ついた彼女の目を覚まさせるための、あたたかな光だった。
それを聞いた瞬間、退院するはずの女性の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣きじゃくった。
「私……私、何も分かってなかった……。自分の傷ばかり見て、自分がどれだけ恵まれていて、どれだけたくさんのものを持っているのか、何も知ろうとしていなかった……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
あふれる涙とともに、彼女の胸のつかえがスルスルと解けていく。かつて恋人に裏切られ、世界を呪っていた彼女の心が、この病室の不器用な優しさと、命のきわどい場所で笑い合う僕たちの姿に触れて、ゆっくりと、しかし確実に生まれ変わっていくのだった。
窓の外では、退院の日を祝うかのように、柔らかい陽光が差し始めていた。
そこに立っていたのは、カウンセラーのあかねと、かつて乳がんと闘い、そして恋人に深く裏切られた過去を持つあの患者の女性だった。今日は、彼女の退院の日だった。
さっきまでの騒がしさが嘘のようにふっと凪ぎ、室内には気まずいような、それでいて温かい空気が漂う。バタバタと騒ぎ合っていた僕たちを見て、彼女は少しだけ目を丸くした。
「……なんだか、楽しそうですね」
その声には、どこか乾いた羨望と、拭いきれない孤独の色が混じっていた。世間の冷たい物差しや、失恋の痛みにずっと囚われてきた彼女にとって、この院内学級の異様なまでの賑やかさは、まぶしすぎて、同時に少し残酷にも映ったのかもしれない。
そんな彼女の心を見透かすように、あかねは静かに一歩前に進み出て、優しく微笑みながら言った。
「さあ、お待たせしました。……ねえ、見てごらん」
あかねはゆっくりと、病室全体を包み込むような眼差しで話し始めた。
「ここの病棟にいる人たちはね、みんな、いつか命の灯火が消えてしまう人たちなの。一生、本当の意味での外の世界には戻れない、退院できない人たちもたくさんいる。だけど――この場所には、こんな風に恋があって、笑い声があって、みんなでバカをやって、シェアし合える温もりがあるの」
あかねの言葉に、ベッドの上の明りも、傍らに立つニコルも南ちゃんも、そして頭をさすりながらうなだれる僕も、じっと耳を傾けた。
「あなたはね、これから世の中に出て、また傷つくかもしれないけれど、自分で歩いて、新しい恋人を作って、新しい人生をやり直すことができる。それができるの。……でも、この子たちには、それが許されないかもしれない。どちらが本当に幸せなのだろうね」
あかねのその言葉は、冷酷な現実の宣告ではなく、深く傷ついた彼女の目を覚まさせるための、あたたかな光だった。
それを聞いた瞬間、退院するはずの女性の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣きじゃくった。
「私……私、何も分かってなかった……。自分の傷ばかり見て、自分がどれだけ恵まれていて、どれだけたくさんのものを持っているのか、何も知ろうとしていなかった……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
あふれる涙とともに、彼女の胸のつかえがスルスルと解けていく。かつて恋人に裏切られ、世界を呪っていた彼女の心が、この病室の不器用な優しさと、命のきわどい場所で笑い合う僕たちの姿に触れて、ゆっくりと、しかし確実に生まれ変わっていくのだった。
窓の外では、退院の日を祝うかのように、柔らかい陽光が差し始めていた。