パンデミック.新形コロナウイルス
静まり返っていた病室の空気が一転して、その日は朝からどこか華やぎに包まれていた。
退院を迎えたのは2人。
一つは、かつて恋人に裏切られ、この病棟の温もりに触れて心を洗い流した乳がんの患者の女性。そしてもう一人は、親がコロナに感染し、子ども自身は感染せずにここまで守り抜かれた小さな子どもたち、あるいはその妊婦たちだった。
病院の玄関ロビーには「おめでとう、おめでとう」と温かい祝福の声が飛び交い、スタッフや入院患者たちが集まって賑やかなお見送りの雰囲気が広がっていた。
けれど、いざ出発のときが近づくと、退院していくはずのその2人は、なぜか寂しそうな顔を浮かべた。
「……ねえ、本当にここを出ていかなくちゃいけないの?」
「みんなと離れるのが、こんなに寂しいなんて思わなかった……」
ニコルや南ちゃんの手をぎゅっと握りしめ、彼女たちは名残惜しそうにポロポロと涙をこぼした。早く外の世界へ出たいと願うのが通常の病院のはずなのに、この奇妙で温かい病棟から離れることが、たまらなくつらくて仕方がなかったのだ。
玄関の自動ドアの前で、赤ちゃんだっこした誰かも含め、僕たちは名残惜しい別れの言葉をずっと聞き続けていた。なかなか足が前に進まない彼女たちを、誰も急かしたりしない。ただお互いの温もりを確かめ合うように、いつまでも言葉を交わし合っていた。
効率や無菌的な正しさに縛られた冷たい社会から見れば、非効率的で不格好な光景かもしれない。
けれど、利害関係でもシステムでもなく、ただ「生身の人間同士」が深く関わり合い、互いの痛みに寄り添い、別れを惜しんで涙を流す――。
これこそが、人間が失いかけている本来の姿であり、何よりも尊い「人間愛」の形ではないか。僕はその光景をぼんやりと眺めながら、胸の奥が熱くなるのをしっかりと噛み締めていた。
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