パンデミック.新形コロナウイルス
一般的な世の中であれば、こう思うはずだ。
「いいなあ、あんなふうに無事に退院できて」
「赤ちゃんを産んで、何事もなく外の世界へ帰れるなんて羨ましい」
日常のちょっとした不自由や不平不満、ままならない現実に対して、誰もが日頃から愚痴をこぼしている。仕事のストレスに苛立ち、社会の理不尽さに文句を言う。
けれど、この病院では、そんな不満すら微塵も生まれなかった。
むしろ、外の世界へ帰っていく人たちが「ここにいたい」「まだ離れたくない」と名残惜しそうに涙を流す。外の世界よりも、この不器用で温かな病室にいる方が、よほど人間らしくて楽しかったからだ。
難病を抱え、命の限界と隣り合わせで生きる明りたちは、この世の冷たさや不条理を誰よりも深く知っている。だからこそ、表面的な幸不幸の物差しに惑わされず、今ここで誰かと心を通わせ合えることの尊さを知っていた。彼らに不平不満がないのは、諦めているからではない。この場所にある熱量が、何よりも本物だったからだ。
それなのに、いまの世の中はどうだろう。
感染対策という名の無菌室のなかで、誰もが他者を疑い、効率と正しさを盾にトゲトゲしい言葉を投げ合っている。そこにあるのは、血も涙もない、あまりにも乾ききったシステムだけだ。
人間愛を失い、温もりを恐れるようになった現代社会のほうが、よほど「病んでいる」のではないか。
あの温かな病室が、皮肉にも現代人にとっての唯一の「居場所」になってしまっているという現実を、私たちはもっと真剣に考えなければならない。
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