パンデミック.新形コロナウイルス
「なつみ、お願いなんだけどさ、その食べかけのドーナツ、僕にちょうだい」
僕の突然の言葉に、周囲の空気が一瞬で止まった。けれど、風俗店という荒波の中で生きてきたなつみは、少しも臆することなく、むしろあっけらかんとした調子で笑ってみせた。
「あ、いいよ。私、そういうの全然慣れてるからさ」
そう言って、なつみは自分が食べかけていたドーナツを差し出し、さらに彼女が口をつけていたストローのまま、ジュースを僕に手渡した。
「ちょっと、またそんなことやってるよ……」
その様子を目の当たりにしたニコルたちは、呆れたような、そしてあきれ返ったような声をあげて驚いた。けれど、さっきまでボロボロと涙を流していたなつみの表情には、もう暗い影はなかった。彼女はくすくすと笑いながら、こう呟いた。
「へえ……なんかこの人、アキオ君って人だけ、なんかちょっとおかしいよね」
その言葉をきっかけに、なつみは完全に心の落ち着きを取り戻し、場の空気もすっかり和やかなものになっていた。あかりにいたっては、もう僕の奇行に対して怒ることすら諦めたように、やれやれといった表情で小さく笑っていた。
傷だらけだった少女の顔に浮かんだその自然な笑顔を見ながら、僕は手渡されたストロー越しに冷たいジュースを口に含んだ。
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