もう誰かを愛せはしない
「ワシは、ばぁさんと結婚してからも桜子さんを忘れた事はない。

でもな、それは桜子さんをばぁさんより愛しているからじゃないんだよ。

…愛した人だからだ」




好きになっただけの人と
心から愛した人とでは

記憶の残りが違う。




好きになった人の事はいずれ忘れても

愛した人を忘れたり出来ない。





でもそれは

今愛している人より

過去に愛した人を愛しているからじゃない。





心に焼き付けた愛していた記憶が、残っているだけ。




おじいちゃんはそう私に教えてくれている気がした。





「だからな、礼羽は今もユウキを愛しているワケじゃないんだよ。愛していただけなんだ」



その言葉を今なら素直に受け止められる。



ユウキの存在を知った当時ならきっと、そんなのただの気休めだと受け入れられなかっただろう。





「…長々と悪かったね。じゃあ本題に入ろうか」



おじいちゃんはそう言うと、懐から一枚の手紙を取り出した。


少し色褪せて黄色くなっている白い封筒。



宛名の所には『礼羽へ』と小さな字で書いてあった。




「これは?」



私がおじいちゃんの顔を見ると、おじいちゃんは薄く微笑んだ。




「封は開いているから読んでごらん。…読めばワシがメイサさんに頼みたいと思っている事がわかるはずだよ」



粘着力が無くなった封のシールをゆっくり捲ると、中に入っている手紙を取り出した。


手紙は可愛いクマの柄の便箋一枚だけ。



その一枚の紙に、ある想いが書き記されていた。






― 未来の礼羽へ ―






私はその手紙を最後まで読む事が出来なかった…。




「…メイサさん。頼んだよ」



涙が止まらない私の頭をポンと叩くと、おじいちゃんはこの手紙の受け取り主への伝言も私に託した。




「メイサさんがいてくれてよかった」



優しいおじいちゃんの顔を見つめて頷くと、私は走った。
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