シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
 運命の男に出会ったのか?いやこの感じは、異性に惹かれるのとは全く異質なものだった。今それを解明しないと、きっと一生後悔する。

 エラはスケッチブックを抱えると、タイセイの後を追った。彼女の友達たちは、飛び出していくエラの後ろ姿に声援を送ったのは言うまでもない。


 エラは、ガイドブックを見ながら歩いているタイセイにようやく追いついた。

 さて、どう説明したらよいものか…。彼の背に声をかけることに躊躇していたので、ある程度の距離を置きながらタイセイの後を付いていくという状況がしばし続いた。
 外国の旅行者に共通であるが、スリ等のトラブルに合わないようにと、周りの状況に神経をとがらせているタイセイにとって、そんなエラの存在に気づかないわけがない。

『どうしよう…危ない人に関わっちゃったかな』

 感謝の気持ちの表れだったのかもしれないが、相手は見も知らぬ自分にいきなり抱き付いてくるような女性だ。目の応急処置も終わって、自分に何の用があるというのか…。後をつけてくる理由がさっぱりわからぬ彼は、とにかく気づかぬ振りを通すことにした。とにかく…ガイドブックを頼りに歩みを速め、楽しみにしていた香港観光を無事完遂させるのだ。

 もともと彼は、たった1日ではあるが、新旧の香港の佇まいが楽しめる中環(セントラル)エリアの街歩きで、香港観光を楽しもうと心に決めていた。いわゆる名所で混雑が筆致の山頂(ビクトリアピーク)を避けたのは、喧噪を嫌う彼の性格による。
 本来は上環(Sheung Wan)駅から中環(セントラル)駅への散策であったはずだが、タイセイのMRTマップの見間違いで一つ手前の駅で降りてしまった。それで、エラとの出会いが生じたわけだから、ドラマというのは果たして、こうした小さな間違いから生まれてくるものだ。

 タイセイは、早歩きで德輔道中を西へ移動する。
 足は長いがタイセイより小柄なエラは、そのスピードについていくのに苦労しているようだ。いいぞ、このままいけばいつか振り切れるかもしれない。
 タイセイは永吉街(ウインカッツストリート)、そして摩羅上街(キャット・ストリート)へ。
 ここは女性ものの雑貨にしろ、価値不明な怪しいアンティックにしろ、雑多な品物が無造作に、まさにゴチャッと積まれた店が立ち並ぶ。まるでおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさがある街だ。
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