シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
しかし、言い訳は必要なかった。ドアを開けて顔をのぞかせたのは、エラだった。

「ほんとにタイセイがいる!」

 聞き覚えのあるその一声に、タイセイは泣きそうになった。エラに再び会えた喜びなのか、救助隊と遭遇した安ど感なのか。一方、立ちすくむタイセイを前にして、エラは初めて彼に出会った時と同様に、飛びついてほっぺにチュウしたい衝動に駆られていた。
 そんなお互いの衝動をなんとか胸に抑えながら、しばし見つめあうふたり。だが、やはり拉致されている当人の方が、ふたりの置かれている事態を早く思い出した。

「エラ!監視がいるのに大丈夫か?」
「ええ、ぐっすりお休みよ」

 見ると、監視がふたり、だらしなく床に倒れて昏睡状態にあった。

「監視に何をしたんだ?」
「今夜の夕食に眠たくなる薬を混ぜたんだけど…家に入ってびっくり、薬が効きすぎて死んでしまったかと心配しちゃったわ…へへへ」

 眠たくなってソファーに倒れ込む暇もあたえないほどの強力な薬なのだろう。睡眠導入剤というよりむしろ気絶導入剤のレベルだ。エラはこんな危険な薬を、どこで手に入れることができたのだろうか。


 タイセイは、頭を掻きながら平然と笑うエラを、驚きをもって見つめ直した。
初めて会って香港の街を歩いたときは、彼女はシンデレラのような切なさと繊細さを感じさせた。しかし、自分を救い出しに来てくれた今はどうだ。こんな状況下に臆することもなく、大胆に行動を起こす。シンデレラどころか、マーベリックのヒーローそのものではないか。

タイセイは突然エラを抱きしめた。エラは彼の突然の抱擁に驚くことなく、しっかりと受け止めた。タイセイと別れた4日前から待ち望んでいたものが、今ようやくエラの腕の中に届けられたのだ。
 たった2秒だったのだが、ふたりは永遠とも感じる抱擁に酔いしれた。

「ハグもこれくらいにして…これからこの家を出てどうするのか言ってちょうだい」

今度は我に帰るのはエラの方が早かった。

「ああ…」

 名残惜しそうに体を離すタイセイ。

「とにかく日本総領事館へ逃げ込もう」

 彼はエラの手を取って、外に走り出た。

「こんな場所でタクシー捕まるかな…」
「大丈夫、車持ってきたから」
「えっ?」
「私が働いている家にあった車を、黙って持ってきちゃった」

< 63 / 75 >

この作品をシェア

pagetop