【完結】私に甘い眼鏡くん
いざ目の前に真っ青な海があると、圧倒されて感嘆のため息もでない。それほどに美しく、眩しかった。
なっちゃんと太一は実にアクティブで、砂浜に足を踏み入れた瞬間に二人して走り出した。
本当に仲がいい。
「彩、行かなくていいのか?」
「あー、私海は日陰とかでぼーっと見てる方が好きかな。冬だけどここまで暑いとちょっと日焼けも気になるし」
太陽はさんさんと輝いて、水面がキラキラと反射している。
「俺もそういうタイプだ。あそこに座ろう」
「うん」
自然に手を引かれ歩き出す夕くんにはもう慣れっこだ。
みんなが海に向かう中、私たちは日陰の橋の下に腰を下ろす。
先ほどバスで通った橋の下。
男子の大半は水着をもってきていたようで、躊躇なく海中に潜っていく。
女子もあの派手グループが水着着用で男子と遊んでいる。
しかもお揃いのビキニ。私はよくやるな、と妙に俯瞰的に評価してしまう。
‥‥‥しかし、伊藤さんの胸‥‥‥。
私は思わず自分の胸に視線を向けてしまう。とてもビキニなど着られたものじゃない。
「お前と一緒にいると、落ち着く」
急にそう言われてドキッとした。
「そ、そうだね、私も」
今、自分のカラダに自信なくしていましたなんて言えるはずもなく。
伊藤さんたちのことは忘れて、微笑ましい親友たちに目をやった。
二人で海水を掛け合っていたが、青春だなあと思えないほど本気の掛け合いだった。着替え、大丈夫かな。
「‥‥‥ここ、絶対彩と来たいってあの雑誌見て思った。とりあえず提案したけど、でもどうやって話せばいいかわからなくて。
付き合ってるつもりはなかったけど、告白したつもりではいたから、その後に女子と仲良くしてても平気なんて言うから、俺フラれたのかなとか、いろいろ考えたり」
きっとドーナツ屋さんでのことだろう。珍しく饒舌な彼に少し驚きつつ、私は本当のことを伝える。
「それね、嘘なの」
「な、そうだったのか」
「嫌に決まってたよ。夕くんと伊藤さんが仲良さそうに話してるとこ見るのとか心底嫌だった」
「‥‥‥まあ、ドーナツ行く前も不機嫌だったもんな」
「あれは‥‥‥うん、嫉妬してました。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、謝るなと言われた。
アスファルトの上に置いていた私の手に、彼の手のひらが重ねられる。
「俺も、修学旅行前なんでもない顔でキーボード打ち続けてるお前にちょっと腹立ってた。なんで平気そうなんだって」
「全然平気じゃなかったよ!? でもなに話せばいいかわかんなかったし、夕くんは何考えてるかわかんなかったし‥‥‥とにかく、わかんないことだらけだったの!」
そうまくしたてると、彼はふっと笑った。
「ごめんな」
謝罪と同時に頭を撫でられる。あまりにもずっとやっているから、私の髪の毛はぼさぼさになってしまった。
「そういえばさ、前春川の話したろ。夏休みに」
「うん」
「俺、あいつのいいところ、少しだけ分かった気がする」
「え! 成長!」
「成長なのか?」
成長だと思う。
前はぼろくそに言ってた夕くんが、彼のことを認めてくれたなんて感無量だ。
「俺、春川がいなかったら今こうして彩の隣座れてないんだよな」
「え、そうなの? どうして?」
「それは」
遠くで号令の音が鳴った。私と夕くんは目を合わせて、バスの方へ歩き始める。
「え、ねえ、太一がなにしたの?」
「やっぱ言わない」
え、なんでと唇を尖らせる私を一瞥して、彼は言った。
「あんまり太一のこと好きになられると、俺が嫉妬するから」
「‥‥‥それは、ある意味大歓迎だよ」
肩を震わせそう言うのが精一杯だった。
本当にこの人は、罪な男だ。