痛み無しには息ていけない

~零~

松葉杖を1本ひょこひょことつきながら、お寺の石段を上がる。もう片手には花束を持っていた。
今日はようやく退院の日。
退院したけど、足にはまだ負担をかけられないらしく、こうして松葉杖を借りている。
…もっとも、こんな大仰な事になってはいるけど、ただの複雑捻挫らしい。

自分には、退院したその日のうちに、どうしてもやりたい事があった。
それは、一緒に交通事故に遭い、一人だけ亡くなってしまった葉山花奏の墓参りに行く事。
期間がちょっと長かった事もあって、自分が入院してる間に花奏の葬式は終わってしまった。


「…何でこんな奥に、葉山の墓があるんだよ…」


流行りの都心の街の住宅街の中にお寺さんがあれば、こうして複雑捻挫の自分でも楽にお参り出来ただろうに。
しかし葉山の墓は都心部ではないものの、花奏の実家である横浜の家からほど近い所にあり、比較的行きやすい場所にあった。
ただ単に、自分が複雑捻挫して、身動きが取りづらいというだけである。

何とかお寺の中の墓地に入り、葉山家の墓を見つけ、墓石を綺麗に磨き上げ、花束を備える。
もっとも、片方だけとはいえ、松葉杖をつきながら出来る事なんて、たかが知れている。実際、バランスも取りにくい。
手を合わせてようやく、あの交通事故で自分の右腕にできた裂傷の痕が、どうしようもなく痛くなった。


「あんなにも頑張って生きてた花奏が、どうしてもうこの世に居ないの…?」


思わず涙が出た。
あれだけ頑張り屋で努力家だった花奏がもうこの世の何処にも居なくて、適当に生きていたとしか言えない自分がまだ生かされている。
涙が止まらない。
墓の前で泣き崩れる。
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