痛み無しには息ていけない
「…そうっすね。4月の末っすからね」


今日みたいに長距離歩くとさすがに汗ばむから、冷たい風が心地良い。
仕事終わりの疲れた体で、こうしてダラダラしながら、居心地良く過ごせる人と美味い酒を呑む。――最高である。


「エビせん、食べたいですね。さっき買えば良かったな」

「裂きイカとか、イカくんでも良くないっすか?」

「良い!あと、煎じ肉でも良いな~」


そして、こういうシチュエーションの場合、旨いツマミと美味いご飯の話は欠かせない。
実際、自分は吉田さんに教えてもらったメニューの中で、自分で試して気に入った物もある。


「あ、今度、渡辺さんも一緒に、あそこの焼き鳥屋に行ってみましょう。砂肝が旨いって評判だから」

「行きましょ!……そういや、吉田さんは油ソバ、召し上がります?」

「油ソバ?好きですよ」

「ホントですか?自分の家の近所に、美味い油ソバ屋があって、最近入り浸ってるんっすよー。酒も安くて、他のツマミもマジで美味くて!JR〇〇駅の目の前なんですが」

「あの近くにそんな店あるんですね!あのエリアは焼肉の店ばかりだと思ってた」

「是非行ってあげて下さい!個人的には店主さんがサッカー経験者で、Jリーグの話ガチれるのもポイント高いっす」

「小川さんはサッカー好きですもんねー」


そして育った環境が違うにも関わらず、自分と吉田さん、そして此処には今居ない渡辺さんまでもが、味の好みが似通っているのは、本当に面白い。
この3人の共通点なんて、“海在り県出身である事”くらいだ。


「――小川さんは実は、俺が入社して初めてできた後輩で、けっこう嬉しかったんです」


唐突に吉田さんは、そんな話を始めた。


「そうだったんですか?」

「はい。俺が入社して丸二年以上経ってますが、その間に入ってきた社員もパートもいません。小川さんだけです。派遣として出入りする方は大勢いたんですが」
< 36 / 56 >

この作品をシェア

pagetop