侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「えっと、租界の中はこちらの大陸とあまり変わりないです……。たくさんの人が暮らしていましたし。わたしは寄宿学校に居ましたから、同じ年ごろの友人もいました」

 コーディアは租界について説明をした。
 ついむきになってしまったが、アシュベリー嬢はそっけなく答えた。

「あら、そうですの。でも、貴族の娘はいませんことでしょう。大使に選ばれても、夫人と子供はこちらに皆さんとどまっておいでですもの」
「ああ、たしかゴールディング卿は卿おひとりでリズデア国へ赴きましたわね」
「たしかに未開の地に一緒に付いて行く勇気はありませんわ」
 令嬢たちは口々にまくしたてる。

「コーディアも向こうではドレスではなく薄布一枚で生活をしていらしたのかしら」

 誰かがくすりと笑い交じりの声を出す。 それにつられたかのように微笑が波のように広がっていく。
 コーディアはすぐに答えることができなかった。
 彼女たちから明らかな悪意を感じたからだ。
 こんなこと初めての経験だった。

「あら、やっぱり向こうの習慣に従うものなのね」
 黒髪のディーマ嬢が言うとまたしても忍び笑いが響いた。
「租界の中ではみんなこちらの人と変わらない服装をしています。わたしもドレスを着ていました」
 コーディアは震えそうになる声を押してはっきりと声を出した。

「あら、怒らせてしまいましたかしら。ほんの冗談なのに」
「わたくしたちだって、無知ではないんですもの。こちらの大陸を真似た租界の中はディルディーア風の建物があることくらい知っていますわ」
 ディーマ嬢はねえ、と言って隣の少女と笑いあう。

 それから少女たちは今ケイヴォンで流行っているドレスの形だとかケーキの話に移っていった。
 彼女たちは昔からの馴染みなのだろう、時折数年前の出来事を持ち出して楽しそうに笑い合う。
 同じ空間で一緒にお茶を飲んでいるのに、コーディアは自分が彼女たちとの間に薄い膜で隔てられているような感覚に陥った。
 お茶の時間ずっと、彼女たちはちくちくとコーディアのことを針でつついているようだった。

 時折思い出したかのようにコーディアに話を振る。
 それも「あら、租界ではさすがに〇〇はないですわよね」と。コーディアの育った環境を貶める形で。
 この時間でわかったことは、少女たちがコーディアのことを受け入れる気がないということだ。

 自分たちと異質のものを、仲間にはしないと線を引かれた。

 お茶会が終わるころ誰かが「そういえば今日はアメリカ来ていないわね」と言った。「来ていたら面白かったわね。彼女もすまし顔でよくやりましたものね」別の少女も小さな声で囁いていた。

 コーディアの知らない名前だったが、彼女たちは旧知の仲なのだろう。
 その割にはどこか面白がるような、とげのある内容の会話でコーディアは背筋が粟立った。
 彼女たちは友人同士だと言うが、当事者がいないところではこんな風にうわさ話をするような仲なのだ。

 寄宿学校の友人たちとは家族のような関係だった。
 値踏みをしたり、誰かを仲間外れにすることなんて……たぶんなかった。
 たぶんとしか言えないのはコーディアは寄宿学校の生徒の中心というわけでもなく、おとなしく部屋の隅っこで本を読んでいるような娘だったからだ。

 そんなコーディアにもみんな優しかったし、話題についていけなくなると隣にいた友人がこそっと教えてくれたりもした。
 再びエイリッシュと合流して帰りの馬車の中で彼女から今日の成果を聞かれたコーディアは曖昧に微笑むだけに留めておいた。
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