侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
◇◇◇

 それから二日後、エイリッシュに連れて行かれた刺繍の会でコーディアは前回のお茶会の最後に名前を聞いたアメリカという少女と引き合わせられた。
「コーディア、こちらはアメリカ・リデル夫人よ。ライルの友人のナイジェル・リデル卿の妻でもあるの。これからライルと一緒に交流することもあると思うの。アメリカ、コーディアとも仲良くしてあげて頂戴な」

 アメリカ・リデルはコーディアが今まで出会った中で一番きれいな女性だった。
 金色の髪に薄青の瞳をした、陶磁器のような肌を持った若い女性だ。

「たしかあなたと年もそう変わらないのよ。ええと、たしか……」
「いま十八ですわ、夫人」

 アメリカは澄んだ声で応える。
 完璧なインデルク語の発音である。コーディアはいまだにフラデニアなまりに四苦八苦しているのに。
 彼女は何の苦もなく美しい発音を口に乗せる。

「そうだったわね。コーディアは今十七で、今度の十二月に誕生日を迎えるのよね」
「はい」
「年はあまりかわらないのね。初めましてわたくしはアメリカ・リデルと申します。夫はナイジェル・リデルで将来メルボルン侯爵を継ぐ予定ですわ」

 アメリカの微笑に見惚れてしまったコーディアは慌てて口を開いた。
 一瞬だけインデルク語を話すのがためらわれる。完璧な発音を聞いた後に、自分のへっぽこインデルク語を聞かせたくないと思ってしまったからだ。

「はじめまして。コーディア・マックギニスと申します。よろしくお願いします」
「では、夫人コーディア様を少しお借りしますわ」
「よろしくね、アメリカ」

 エイリッシュに見送られてコーディアはアメリカのあとに続いた。
 今日も同世代の令嬢たちと交流を深めないといけないらしい。
 刺繍は寄宿学校でも習っていた。
 アーヴィラ女子寄宿学校の教育方針は本国の令嬢たちが身につける教養作法とかわりのないもの、だった。
 フラデニア系の学校だったため歴史や教養はフラデニア寄りだったが、刺繍も裁縫も淑女の嗜みとしてきちんとしつけられていた。
 アメリカに連れて行かれた窓際の一角にはすでに何人かの女性たちが座っていた。

「皆さま、コーディア・マックギニスさまをお連れしましたわ」

 アメリカの声にみんな会話をとめた。
 集団の顔ぶれの中に先日のお茶会で一緒になった令嬢の顔を見つけてコーディアの胃がきゅっと収縮した。
 たしか黒髪のディーマ嬢だ。

「あら、存じていますわ。マックギニス商会の一人娘なのですってね。御父上のお仕事の関係でずっとジュナーガル帝国でお育ちになった方なのよね。皆さま、今日はあちらの国の興味深いお話が聞けますわよ」

 ディーマ嬢がにっこりと笑った。
 その言葉にとげを見つけてしまうのはコーディアがひねくれた思考をしているからなのか。

「コーディアさまはデインズデール子爵の婚約者でもあらせられるの」
 アメリカはディーマ嬢の言葉など聞いていなかったような澄んだ声を出す。
 子爵というのはデインズデール侯爵家の持っている爵位の一つで形式上ライルが名乗っているということらしい。
 このあたりのことはエイリッシュからいくつか教わったのだがコーディアにはまだよくわからない。
 この国にきて分かったのは、自己紹介をするときには父親や夫の肩書を一緒に言うことが当たり前ということだ。特に上流階級ではそれが顕著だ。

(ムナガルでも同じだったのかしら……?)

 寄宿学校に籠っていたコーディアとしては測りかねるのだが、本国をぎゅっと縮めた世界が租界だというのなら租界にも似たような世界があるのかもしれない。

(でも寄宿学校ではそんなにも……聞かれなかったし。それに本物のお姫様がいたものね)

 寄宿学校にいた奔放なお姫様で友人のディークシャーナを思い出す。
「コーディアさま、こちらにお座りになって」
 コーディアが故郷を懐かしく思い出している間に話が進んでいた。
 コーディアは慌てて示された場所に腰を下ろして裁縫道具を取り出した。
 裁縫道具はエイリッシュがケイヴォンで新しくそろえてくれたものだ。
 最初の頃は刺繍の会という名目らしく皆それぞれもってきた手巾やりぼんに刺繍を刺していく。
 それだけで終わらないのが女性だけの会というもの。すぐにおしゃべりが始まった。
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