侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「ナイジェル、きみだったら。もしも婚約者が市場や百貨店に行きたいって言ったらどうする?」
 ライルの問いかけにナイジェルはにっこりと笑った。
「そりゃあもちろん喜んで付き合うよ」
「おおよそ、淑女の出入りする場所じゃなくてもか?」
「まあ、それは場所にもよるけれど。市場くらいお忍びで訪れる婦人くらいいるだろう? 百貨店は最近若い女性の間で人気だよ。さっきも言ったけれど、女性用の雑誌で特集も組まれているみたいだし。一番上の階にね、パーラーがあるんだ。そこで甘い物を食べるのが流行っているんだって」
「しかし……」

 伝統的な貴族は昔から馴染みのある店で買うか、もしくは屋敷に呼び出し買い物をする。百貨店のような最初から大量生産された既製品ばかりを並べている業態の店などに貴族階級の人間は行くべきではない、というのが自分たちの認識ではないのか。

「きみは昔からまじめなところがあったからねえ」
 ナイジェルは苦笑した。その点ナイジェルは柔軟な思考の持ち主である。学生時代からいろいろな場所に出入りをしていたし、付き合いの幅も広い。
「アメリカ夫人は百貨店など歯牙にもかけないだろう?」
「え、まあね。彼女もきみみたいにまじめだからね。でもちょっと連れて行ってみたいよね」
 ナイジェルは子供のような顔つきで笑った。

「ははあ、きみは百貨店に憧れていたコーディア嬢をその調子で叱って、嫌われちゃったってわけだ。なるほど」

 今度こそライルは黙り込んだ。
 図星だったからだ。確かに一言言った。
 たぶん出会って最初の方にライルが咎めるようなことを言ったからコーディアはライルに心を開いてくれなくなった。

 しかし、自由すぎる母を反面教師にライルは至極真面目に育ってしまったのだ。
 だから、伝統というものは大事にしようとするし、人の上に立つ立場に生まれたからには人々の規範になるよう行動しなければならないと思っている。
 コーディアは貴族の家に生まれた娘が受ける教育を施されていない。伝統的な貴族の生活というものを知らないのだ。

 早く自分と同じ位置に立ってほしくてライルはことさらそれを強調した言葉を発してしまった。

「けどさ、せっかく初めてインデルクに来たのに、そう頭ごなしに否定されちゃったら悲しいと思うよ。憧れていたところくらい連れて行ってあげなよ。僕たちの階級の生活なんて、徐々に慣れていけばこういうものなんだってわかってくるよ」

 ナイジェルの方がよっぽどコーディアに優しいではないか。
 彼が婚約者だったら、コーディアは笑ったのだろうか。自分には見せることのない顔を彼に見せるのだろうか。そう思うと面白くない。それと同時に、自分の言動が彼女のインデルクへの期待や夢を摘み取ってしまったのかもしれないと後悔した。
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