侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
◇◇◇
アメリカが屋敷から辞してほどなくしてエイリッシュが応接間に顔をのぞかせた。
「あら、アメリカったらもう帰ってしまったの?」
「え、はい。なんでもお忙しいとかで」
コーディアは言葉を濁した。
邪気のないエイリッシュに本当のことなんて言えない。というか、アメリカに失望されました、なんて恥ずかしくてエイリッシュには知られたくなかった。
「あらそうなの。アメリカはわたくしとは違って積極的に社交に勤しんでいるものね」
エイリッシュは納得顔で頷いた。
「そ、そんなことないです。エリーおばさまだってたくさん交友関係を持たれていて、すごいです」
「あら、ありがとう。でもわたくしは割と好き勝手やっているから、あまり参考にはならないわよ」
エイリッシュは開き直りともとれる発言をする。
「きっと忙しい中あなたの様子を見に来てくれたのね。あとでお礼のお手紙を書いてみてはいかが?」
エイリッシュの言葉にコーディアは内心複雑になる。アメリカはもうコーディアのことを見限ったかもしれないから。
あれだけ彼女の前で弱音を吐いた。
逃げてばかりのコーディアの言葉に彼女は呆れの色を隠さなかった。
「……はい」
それでもエイリッシュを失望させたくなくてコーディアは頷いた。
ライルとアメリカならさぞお似合いの夫婦になるだろう。完璧な淑女と未来の侯爵たるライル。彼の隣で微笑むアメリカを思い浮かべたコーディアは自分の胸が少しだけ痛むのを自覚した。
さっきは突き放した言い方になったのに、ライルの隣に自分がいないことに寂しさを感じている。
彼とは普通に話ができるようになった。
一緒にアイスクリームを食べて、その次の日も一緒に会話をして、次の日もおかえりなさいと挨拶をしたら目を細めてくれた。昔の写真をお互いに見せ合って、彼を身近に感じることができた。もうライルのことは怖いと思うことはない。
それどころかライルと話をすることが楽しくなってきていることをコーディアは自覚している。
「あ、あの。アメリカさまは一時、ライル様の婚約者候補だったんですよね」
気が付くとエイリッシュにそんなことを尋ねていた。
エイリッシュは思わぬことを聞いたみたいに目を大きく見開いた。
「あら、あら……。そんなこともあったかしら。古い話よ」
エイリッシュにしては少し狼狽した声だ。
「えっと、噂を耳にしまして」
「そう。そうね、女性ばかりの場にいるといろいろな話が飛び交うものね。でも、なんていうか、結局アメリカもライルもお互いに選ばなかったわけだし……。気にすることもないのよ」
エイリッシュはコーディアに向かって一生懸命話した。
「や、その。べつにそこまで気にしているわけではないんです。というか、アメリカさまのような完璧な人が候補に挙がって、それで……わたしみたいな子がライル様の婚約者になって……なんていうか……ごめんなさいというか……」
言っていてだんだんと惨めになってきた。
アメリカに叱られた後だから尚更だ。彼女の端的な指摘はコーディアの頭の中をぐるぐると回っていた。
「コーディア」
エイリッシュはコーディアの頬を両手で挟んだ。
間近に迫ったエイリッシュの迫力の笑顔にコーディアはたじろいだ。
「だめよ、自分なんかなんて言っては。それってわたくしにも失礼よ。わたくしは、あなたのことが大好きだし、あなたとライルはお似合いだと思うわ。本当よ、嘘なんてつかないもの、わたくし」
「でも……わたし……」
(ライル様の婚約者からだって逃げようとしていた)
後に続く言葉は口に出せなかった。
言ったらきっとエイリッシュは失望してしまう。消極的すぎるコーディアの心の内を聞いたら、今度こそエイリッシュも呆れてしまうだろう。
「あなたは、まだいろいろなことに慣れていなんですもの。だって、あなたを取り巻く世界がまるっと変わったんだもの。わたくしも急がせすぎたし、ライルも同じ。だからね、あんまり思い詰めないでちょうだい」
エイリッシュはどこまでも優しかった。
彼女の優しさがコーディアの胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
「わたし……」
「大丈夫。何かを考えたいのなら、ゆっくり考えなさいな。わたくしはそういうときはすぐに突撃するタイプだったからよく家族をやきもきさせたわね」
エイリッシュはぽんぽんとコーディアの頭を優しく撫でた。
アメリカが屋敷から辞してほどなくしてエイリッシュが応接間に顔をのぞかせた。
「あら、アメリカったらもう帰ってしまったの?」
「え、はい。なんでもお忙しいとかで」
コーディアは言葉を濁した。
邪気のないエイリッシュに本当のことなんて言えない。というか、アメリカに失望されました、なんて恥ずかしくてエイリッシュには知られたくなかった。
「あらそうなの。アメリカはわたくしとは違って積極的に社交に勤しんでいるものね」
エイリッシュは納得顔で頷いた。
「そ、そんなことないです。エリーおばさまだってたくさん交友関係を持たれていて、すごいです」
「あら、ありがとう。でもわたくしは割と好き勝手やっているから、あまり参考にはならないわよ」
エイリッシュは開き直りともとれる発言をする。
「きっと忙しい中あなたの様子を見に来てくれたのね。あとでお礼のお手紙を書いてみてはいかが?」
エイリッシュの言葉にコーディアは内心複雑になる。アメリカはもうコーディアのことを見限ったかもしれないから。
あれだけ彼女の前で弱音を吐いた。
逃げてばかりのコーディアの言葉に彼女は呆れの色を隠さなかった。
「……はい」
それでもエイリッシュを失望させたくなくてコーディアは頷いた。
ライルとアメリカならさぞお似合いの夫婦になるだろう。完璧な淑女と未来の侯爵たるライル。彼の隣で微笑むアメリカを思い浮かべたコーディアは自分の胸が少しだけ痛むのを自覚した。
さっきは突き放した言い方になったのに、ライルの隣に自分がいないことに寂しさを感じている。
彼とは普通に話ができるようになった。
一緒にアイスクリームを食べて、その次の日も一緒に会話をして、次の日もおかえりなさいと挨拶をしたら目を細めてくれた。昔の写真をお互いに見せ合って、彼を身近に感じることができた。もうライルのことは怖いと思うことはない。
それどころかライルと話をすることが楽しくなってきていることをコーディアは自覚している。
「あ、あの。アメリカさまは一時、ライル様の婚約者候補だったんですよね」
気が付くとエイリッシュにそんなことを尋ねていた。
エイリッシュは思わぬことを聞いたみたいに目を大きく見開いた。
「あら、あら……。そんなこともあったかしら。古い話よ」
エイリッシュにしては少し狼狽した声だ。
「えっと、噂を耳にしまして」
「そう。そうね、女性ばかりの場にいるといろいろな話が飛び交うものね。でも、なんていうか、結局アメリカもライルもお互いに選ばなかったわけだし……。気にすることもないのよ」
エイリッシュはコーディアに向かって一生懸命話した。
「や、その。べつにそこまで気にしているわけではないんです。というか、アメリカさまのような完璧な人が候補に挙がって、それで……わたしみたいな子がライル様の婚約者になって……なんていうか……ごめんなさいというか……」
言っていてだんだんと惨めになってきた。
アメリカに叱られた後だから尚更だ。彼女の端的な指摘はコーディアの頭の中をぐるぐると回っていた。
「コーディア」
エイリッシュはコーディアの頬を両手で挟んだ。
間近に迫ったエイリッシュの迫力の笑顔にコーディアはたじろいだ。
「だめよ、自分なんかなんて言っては。それってわたくしにも失礼よ。わたくしは、あなたのことが大好きだし、あなたとライルはお似合いだと思うわ。本当よ、嘘なんてつかないもの、わたくし」
「でも……わたし……」
(ライル様の婚約者からだって逃げようとしていた)
後に続く言葉は口に出せなかった。
言ったらきっとエイリッシュは失望してしまう。消極的すぎるコーディアの心の内を聞いたら、今度こそエイリッシュも呆れてしまうだろう。
「あなたは、まだいろいろなことに慣れていなんですもの。だって、あなたを取り巻く世界がまるっと変わったんだもの。わたくしも急がせすぎたし、ライルも同じ。だからね、あんまり思い詰めないでちょうだい」
エイリッシュはどこまでも優しかった。
彼女の優しさがコーディアの胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
「わたし……」
「大丈夫。何かを考えたいのなら、ゆっくり考えなさいな。わたくしはそういうときはすぐに突撃するタイプだったからよく家族をやきもきさせたわね」
エイリッシュはぽんぽんとコーディアの頭を優しく撫でた。