侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 ライルは立ち上がった。
 このパターンはこれで二度目だ。
「おまえがついていながらどういうことだ?」
「申し訳ございません。コーディア様は部屋で読書をしていたため、使用人部屋におりました。コーディア様は誰にも告げずにおひとりで屋敷を出て行かれた模様です」

「大変じゃないっ!」
 エイリッシュが悲鳴を上げる。
 コーディアの読書好きは屋敷の者なら全員が知っている。特に一度本を読み始めると私室にこもりっきりになる。そうすると専用の侍女であるメイヤーらもこまごまとした仕事が終わると手持ち無沙汰になるため、使用人専用の休憩部屋で小休憩を取っている。

「あの子ったら……」
 エイリッシュが額を押さえた。
「屋敷近くの公園に人をやっています」
「そう」

 結局近所の公園にもコーディアの姿はなかった。ライルの眉間の皺が深くなる。
 コーディアが外出をするときはかならず誰かが一緒に付き添うし、淑女は一人で出歩くものではない、と彼女もきちんと理解をし実践していた。
 その彼女が屋敷の人間に黙って外へ出かけた。

「行き先はマックギニス家でしょうか、母上」
「それしかないのではなくて」

 おそらくはそういうことだろう。
 彼女なりに思うことがあって出かけたのだ。
 ライルは応接間の暖炉の上に置かれている時計に目をやった。
 時計の針は午後四時を回っている。冬に近づくこの時分、外はすでに薄暗い。

「すぐに出かける」
 ライルはいてもたってもいられなくなり応接間から出て行った。
「ちょっとお待ちなさい。真正面から乗り込んで相手が素直にコーディアを返すと思いますか」
「同感だな。娘の身柄を拘束したのなら、何かしらの交換条件を付けてくるに決まっている」
 エイリッシュとヘンリーの方が幾分冷静だった。

「これがゆっくりしていられますか!」
 ライルにしては珍しく大きな声が出た。
 それだけ切羽詰まっていた。

 コーディアが単身ローガンの元に赴いたかもしれないのだ。
 彼はコーディアに対して敬意など持ち合わせていない。どんな目にあうかわかったものではない。

「私はこれから一度事務所に戻って色々と準備をします。マックギニス侯爵家の様子も知る必要がある。娘を取り返すのはそのときだ」
「しかしそんな悠長な」
「いい機会だ。今日中にでも片を着けようと思う。ライル殿、きみは私と一緒に来なさい」
「じゃあわたくしも」
「いや、夫人は留守番を頼みます。代わりに彼女を借りてもよいか?」
 自分も行くと言おうとしたエイリッシュはその言葉をヘンリーから止められて頬を膨らませた。

「ちょっと! どうしてわたくしを抜きにして話を進めていくのよ」
 ライルは母の抗議の声を無視してメイヤーを連れ出した。

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