侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
◇◇◇
世間を騒がせていたヘンリー・マックギニスを取り巻く騒動はあっけなく終幕した。
その後新聞に掲載されたマックギニス家の騒動の印象が強かったからだ。
これまでの記事はすべてコーディアの受け取る予定の財産をわがものにしようとしたローガンが書かせた嘘八百のでたらめで、彼はそのほかの犯罪により収監されることになったことが新聞に掲載され、世間を騒がせた。
ヘンリー親子は完全なる被害者であることが周知されたためで、逆に世間では財産目当てで標的にされたコーディアに同情が集まっている。
ローガンの爵位の継承権は放棄させられた。領地からの収支の数字を改ざんしていたのだ。
これについては厳しい処罰が下され、マックギニス侯爵家はその領地のいくつかを国に没収されることになり、また監督責任を負わされた現侯爵夫妻であるエイブラムとエリーゼは隠居を余儀なくされた。
今後は社交界に顔を出すこともなく領地の奥でひっそりと暮らすことになるだろうとライルから聞かされたコーディアである。
今後のマックギニス侯爵家はヘンリーが目付け役となり、ローガンの弟クーレルが後を継ぐことになるという。
ヘンリーは先のことを見越して、あらかじめクーレルに根回しをしていたそうだ。クーレルは兄とは違い、いずれは侯爵家を出る身として勉学に勤しんできた勤勉家で、最初こそは兄を蹴落としてまでは侯爵になどなりたくもないと言っていたそうだが、ヘンリーの説得と、領民への責任もあり爵位の継承を引き受けた。
事件の事後処理があらかた片付いてライルがことの顛末をコーディアに語ってくれたのだ。
現在コーディアはライルと二人きり。
真正面に座るライルの語りを聞き終えたコーディアはほうっと息を吐いた。
「お父様が裏で色々と暗躍をしていたんですね。なんだか探偵小説に出てくる密偵みたいです」
コーディアは好きな小説のシーンを思い浮かべる。仕事で連絡が取れないと言っていたのは全ては秘密裏にことを運ぶためのカモフラージュで、ずっと親族の元を回っていたり、証拠固めをしていたからとのことだった。親族に口止めまでしていたのだから彼の本気度がうかがい知れる。
「これできみの不名誉な噂も解消された」
「はい」
コーディアは控えめに微笑んだ。
大変な事件に発展したのだからあまり喜んでもいられない。なにより評判を重んじる貴族社会であってはならない醜聞だ。
「ところで……ライル様」
「どうした?」
コーディアは今日こそはライルに意見しようと意を決した。
「いつになったらわたしの自宅謹慎は解けるのでしょうか? もうすっかり元気です」
「まだだめだ」
「……」
コーディアは不満げにライルを見つめた。
そう、現在コーディアは絶賛自宅軟禁中なのだ。
理由は簡単。夜風に当たったコーディアはあのあと、少し体調を崩したからだ。
慌てたデインズデール一家とヘンリーはコーディアを過剰なまでに看病し、寝台に縛りつけた。
ほんの少し体がだるいかも、というくらいのことだったのにみんな大げさなのだ。
ライルは特にそれが顕著でコーディアがこうして回復をした今でも冷たい冬の風に当たることを良しとしない。季節はすっかり晩秋で、本格的な冬はすぐそこだ。
「運動も適度にしないと体が弱くなるってお医者さんも言っていましたよ」
大体これから毎年冬を経験していくのに、こんな過保護でどうするのか。
と、考えてコーディアは自分の胸が痛くなった。
今回のことで彼がマックギニス家との縁組を取りやめるかもしれないからだ。
「どうした?」
コーディアが下を向いたため、ライルが不思議そうに尋ねた。
「ええと……その。ライル様はお優しいので、言い出しにくいかもしれませんが……」
コーディアは震える心を叱咤する。
ここは自分から切り出すところだろう。彼のためにも、そのほうがいい。
「今回のことでライル様まで評判を悪くしてしまうかもしれません。わたしのことは、その……気にしなくてもいいのでどうぞ気兼ねなく婚約を破棄してください」
言ってからコーディアはちゃんと全部言えたことに胸をなでおろした。
ずっと考えていたことだった。(なにしろ考える時間だけはたっぷりとあった)
きっと彼にならもっとふさわしい相手がいるはずだ。自分みたいな異国育ちの娘を娶ったら彼がこの先苦労するだろうし、しかもマックギニス家への風当たりは現在とても強い。そんな家にゆかりのある娘をわざわざ娶る必要なんてないだろう。
ライルはコーディアの意見を聞いた後、黙り込んでしまった。
たっぷり十秒は黙った後、彼は口を開いた。
「それは……私のことを男として魅力がないと思っているからか? 私が夫では物足りないと?」
「へっ?」
なんとも筋違いな質問をされコーディアは間抜けな声を出す。
今はそういう話をしているわけではない。
「きみが、母上からひと月の間に私のことを見極めて結婚するかどうか決めてもいいと言われたことは聞いた。けれど、ひと月なんて早すぎだとは思わないか?」
「え、ええと……たしかに、そんなことも言われましたが……」
ライルはずいと身を乗り出した。
あれからエイリッシュは何も言ってこないから、コーディアも疑問に思っていた。けれど、自分の方から切り出すこともできないし、日が経つにつれてコーディアはライルと離れがたくなっていった。
「それともきみは、ムナガルが恋しいのか? あばよくばこの機会にあちらへ帰りたいと……そう思っているのか?」
「確かに、懐かしいです。わたしにとっては故郷のようなところですから。いつか、旅行で訪れたいと思います。でもわたし、父から話を聞きました」
「話?」
「両親の想いです」
世間を騒がせていたヘンリー・マックギニスを取り巻く騒動はあっけなく終幕した。
その後新聞に掲載されたマックギニス家の騒動の印象が強かったからだ。
これまでの記事はすべてコーディアの受け取る予定の財産をわがものにしようとしたローガンが書かせた嘘八百のでたらめで、彼はそのほかの犯罪により収監されることになったことが新聞に掲載され、世間を騒がせた。
ヘンリー親子は完全なる被害者であることが周知されたためで、逆に世間では財産目当てで標的にされたコーディアに同情が集まっている。
ローガンの爵位の継承権は放棄させられた。領地からの収支の数字を改ざんしていたのだ。
これについては厳しい処罰が下され、マックギニス侯爵家はその領地のいくつかを国に没収されることになり、また監督責任を負わされた現侯爵夫妻であるエイブラムとエリーゼは隠居を余儀なくされた。
今後は社交界に顔を出すこともなく領地の奥でひっそりと暮らすことになるだろうとライルから聞かされたコーディアである。
今後のマックギニス侯爵家はヘンリーが目付け役となり、ローガンの弟クーレルが後を継ぐことになるという。
ヘンリーは先のことを見越して、あらかじめクーレルに根回しをしていたそうだ。クーレルは兄とは違い、いずれは侯爵家を出る身として勉学に勤しんできた勤勉家で、最初こそは兄を蹴落としてまでは侯爵になどなりたくもないと言っていたそうだが、ヘンリーの説得と、領民への責任もあり爵位の継承を引き受けた。
事件の事後処理があらかた片付いてライルがことの顛末をコーディアに語ってくれたのだ。
現在コーディアはライルと二人きり。
真正面に座るライルの語りを聞き終えたコーディアはほうっと息を吐いた。
「お父様が裏で色々と暗躍をしていたんですね。なんだか探偵小説に出てくる密偵みたいです」
コーディアは好きな小説のシーンを思い浮かべる。仕事で連絡が取れないと言っていたのは全ては秘密裏にことを運ぶためのカモフラージュで、ずっと親族の元を回っていたり、証拠固めをしていたからとのことだった。親族に口止めまでしていたのだから彼の本気度がうかがい知れる。
「これできみの不名誉な噂も解消された」
「はい」
コーディアは控えめに微笑んだ。
大変な事件に発展したのだからあまり喜んでもいられない。なにより評判を重んじる貴族社会であってはならない醜聞だ。
「ところで……ライル様」
「どうした?」
コーディアは今日こそはライルに意見しようと意を決した。
「いつになったらわたしの自宅謹慎は解けるのでしょうか? もうすっかり元気です」
「まだだめだ」
「……」
コーディアは不満げにライルを見つめた。
そう、現在コーディアは絶賛自宅軟禁中なのだ。
理由は簡単。夜風に当たったコーディアはあのあと、少し体調を崩したからだ。
慌てたデインズデール一家とヘンリーはコーディアを過剰なまでに看病し、寝台に縛りつけた。
ほんの少し体がだるいかも、というくらいのことだったのにみんな大げさなのだ。
ライルは特にそれが顕著でコーディアがこうして回復をした今でも冷たい冬の風に当たることを良しとしない。季節はすっかり晩秋で、本格的な冬はすぐそこだ。
「運動も適度にしないと体が弱くなるってお医者さんも言っていましたよ」
大体これから毎年冬を経験していくのに、こんな過保護でどうするのか。
と、考えてコーディアは自分の胸が痛くなった。
今回のことで彼がマックギニス家との縁組を取りやめるかもしれないからだ。
「どうした?」
コーディアが下を向いたため、ライルが不思議そうに尋ねた。
「ええと……その。ライル様はお優しいので、言い出しにくいかもしれませんが……」
コーディアは震える心を叱咤する。
ここは自分から切り出すところだろう。彼のためにも、そのほうがいい。
「今回のことでライル様まで評判を悪くしてしまうかもしれません。わたしのことは、その……気にしなくてもいいのでどうぞ気兼ねなく婚約を破棄してください」
言ってからコーディアはちゃんと全部言えたことに胸をなでおろした。
ずっと考えていたことだった。(なにしろ考える時間だけはたっぷりとあった)
きっと彼にならもっとふさわしい相手がいるはずだ。自分みたいな異国育ちの娘を娶ったら彼がこの先苦労するだろうし、しかもマックギニス家への風当たりは現在とても強い。そんな家にゆかりのある娘をわざわざ娶る必要なんてないだろう。
ライルはコーディアの意見を聞いた後、黙り込んでしまった。
たっぷり十秒は黙った後、彼は口を開いた。
「それは……私のことを男として魅力がないと思っているからか? 私が夫では物足りないと?」
「へっ?」
なんとも筋違いな質問をされコーディアは間抜けな声を出す。
今はそういう話をしているわけではない。
「きみが、母上からひと月の間に私のことを見極めて結婚するかどうか決めてもいいと言われたことは聞いた。けれど、ひと月なんて早すぎだとは思わないか?」
「え、ええと……たしかに、そんなことも言われましたが……」
ライルはずいと身を乗り出した。
あれからエイリッシュは何も言ってこないから、コーディアも疑問に思っていた。けれど、自分の方から切り出すこともできないし、日が経つにつれてコーディアはライルと離れがたくなっていった。
「それともきみは、ムナガルが恋しいのか? あばよくばこの機会にあちらへ帰りたいと……そう思っているのか?」
「確かに、懐かしいです。わたしにとっては故郷のようなところですから。いつか、旅行で訪れたいと思います。でもわたし、父から話を聞きました」
「話?」
「両親の想いです」