忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
再会 ~現在~
両側に石で出来た門があり、そこを抜けると正面にはキンモクセイの木を植えているロータリーがある。久しぶりにくぐった門はあの頃と変わらず重々しい雰囲気を漂わせていた。今は初夏。キンモクセイの花はまだ咲いていない。

「懐かしい…」

思わず言葉が漏れてしまった。母校を訪れるのは卒業して2回目…くらいかなぁ。多分8年ぶりぐらい。
ロータリーのキンモクセイの木を少しの間見つめていたが、ふと掲示板のことを思いだし、左側を見た。
そこには確かに掲示板はあった。しかし、その掲示板は想い出のものと違い少し落胆する。
「だよね」
ため息に似た独り言を漏らす。
木で出来た低目の掲示板が、今では金属製の物になり、ガラスの戸が付いていて掲示物が飛ばされたり雨で濡れたりすることが無くなっていた。あの頃でさえもう朽ち果てて倒れそうになっていた古い掲示板がそのままのはず無いよね…。

ふとその横を見ると、自転車置き場だったはずの場所に建物が建っていた。
「…食堂」
掛けてある看板を読んだ。
「食堂できたんじゃ…みんな困っとったもんな」
また独り言を呟く。

「みぃ~!」
後方から明るく朗らかな呼び声が聞こえる。

それが誰か、振り向かなくてもわかる。
「亜紀~久しぶり、変わらんね~」
振り向き様に抱きついてきた亜紀に声をかけた。
「みぃも変わらんよ~ 相変わらず可愛いねぇ」
亜紀は私の頭をなでくり回しながら言う。

「変わらんかなぁ…うち、けっこうおばさんになったかも…」
「プッ 変わらん、変わらん!いっこも変わってないで~っていうか、みぃがおばさんならうちもおばさんじゃけぇな」
そう言ってコロコロと笑うその笑顔はホントにあの頃のままだった。
「じゃあ、行こうか」
私の腕をとり亜紀が促す。

今日は同窓会の幹事会。私の母校は卒業15年目に、毎年お正月に行われている同窓会の幹事役が回ってくる。創立120年を誇る伝統ある高校だけに、同窓会に訪れるのはかなりお年を召した方が多いらしい。その幹事会に誘われ、こうして久しぶりに母校を訪れている。
風の噂で、幹事会のリーダーはあの時私の目を奪った男の子、永井光くんだと聞いていた。 (会えるかなぁ…)少し期待しながら亜紀の横を歩く。


「…ここ…?!」
新しい建物の前で一瞬足が止まる。
「あぁ、みぃは知らんかった?格技場が今は合宿とか出来る多目的ホールに建て替えられとんよ」
「あ…そうなん。いろいろ変わっとるよな~ここの横のところ、体育教官室じゃったよな…」
少しうつむいて呟く私の背中を押しながら「そりゃそうじゃわ~うちら卒業してからもう15年経つんじゃから さぁ 入ろう!」

想い出と変わっていることが多くて少し寂しく、残念な気もする。

亜紀に引っ張られるように入ったその建物の細い廊下を少し歩くと襖が閉められている部屋についた。
「和室?」
「そーらしいよ。合宿とか出来るようにしてあるみたいで」
亜紀はそう説明しながら襖を勢いよく開けた。
「お待たせ~」
明るく挨拶をする亜紀に
「おぉー 来てくれたん。ありがとう。」
手を上げて、優しい声で返事をするのは…昔と変わらず優しい笑顔で微笑む永井くんだった。

ドキン

胸がひっくり返るかと思った。

予想しててもこれじゃぁ…ね
中にはすでに男女合わせて15人くらいの人が集まっていた。


「えーっと、本岡…亜紀…三年4組。」永井くんが名簿に丸をつけていた。
「それと…」と名簿を指でなぞる永井くん。
(名前、忘れてしまっとるかも…)そう思って
「あ、私は…」
と名前を名乗ろうとした時
「名前、わかるけぇ」
永井くんはそう言って名簿をなぞっていた指を止め「後藤未来…さん 三年4組」
そう呼びかける

ドキン

また少し胸が痛んだ。

(名前…覚えてくれとったんじゃ…)

そう思いながらしばらく立ったままで返事もできずにいた。

キョトンとした表情で見つめる永井くん。その視線から目を反らした瞬間
「後藤さん?!ひゃぁ~変わらんね!すぐわかったわ」
そう明るく話しかけてくれたのは永井くんのとなりに座るきれいな人。
「みすずちゃん?!。はぁ~久しぶりじゃなぁ。」思わず駆け寄り手を握りあってキャッキャッと騒いでしまった。
相変わらず細くてきれいで…いや、高校時代より大人の色気(って言うのかな?)が出ていて、凛とした姿で優しく微笑む永井くんの隣がものすごく似合う。みすずちゃんは高校時代、野球部の美人マネージャーだった。

「ところで、さっそくじゃけど、この中に連絡先知っとる人とか現状わかる人とかおる?」
永井くんがみすずちゃんと私の間にパソコンを差し出す。そこには名簿にずらりと名前が並んでいた。
「ん…わかるかなぁ…」と呟きながらディスプレイを覗き込む私の顔の横にスッと自分の顔を寄せてディスプレイを覗き込む永井くん。

ドキン

胸がまた少し痛んだ。

それでももう大人な私は表情に出すこともなく、あわててとびのけるわけでもなく、そのまま平静を装ってディスプレイを見続けた。
「…えっ」
私は名簿の中にある名前を見つけて思わず体がこわばってしまった。

その様子に気づいて永井くんが素早く画面をスクロールして次のページに移してくれた。

それでもまだ動けずにいた私の肩にポンと手をのせ、「いろいろあるよなぁ…」
そう永井くんがささやくように話しかけてくれた。

「うん。…学校もいろんなところ変わっとった。掲示板も、自転車置き場も…体育教官室だって…」

私の唐突な発言も優しくうなずきながら聞き
「何か、寂しいよな」
永井くんは共感してくれた。

襖が勢いよくあいて「なぁなぁ!ゆうちゃんからええもん差し入れ!」

名前は覚えていないけど見覚えのある人が紙袋を手に入ってきた。

「え~何?何?あけてや」
亜紀ががっつく。
「え~匂い。いちご?かな?」
紙袋から出した箱を開けると…
「ぅわぁ~」
その場にいた皆が歓声をあげた。
いちご飴だった。

「思い出すよなぁ…」

いつの間にか隣に立つ亜紀がそっと肩を組んで呟いた。
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