チヤホヤされてますが童貞です
今日もあなたでいっぱいですが…

頭の中は君で

『………綾斗は…私とどうなりたい…?』

凛の、この質問の答えを考え続けること3日。
あれから会話はするが、踏み入った話はしていない。



「今日の雑誌の撮影企画は『彼氏にされたいこと』。一般女性の答えたアンケートを集計して上位5つを相手役の女の人にするっていう撮影ね。昨日も話したけど、キスはフリだから。」

マネージャーの服部の説明を聞きながら髪型のセットを施される綾斗。

(モデルの仕事も増えたなぁ)

呑気にそんなことを考えていると、いつの間にか前髪を上げられて…。

(あ、また俺のおでこが世に…)

我が儘を言えるほど肝は座っていない綾斗は、何もアクションを起こさず、ただただ髪のセットをされ続けた。



「彼氏にされたいこと、5位からやっていこう!」

生き生きとしているカメラマン。この撮影を楽しみにしている様子のスタッフ。期待という視線が一気に自分に向けられ、気が引き締まった。

「じゃ、まずはお姫様抱っこね!」
「……え?」

全く見当もついてなかった5位により、その引き締めた気は脱力して消えた。

(お姫様抱っこ…。鍛えてるし、出来なくはない……と思うけど…)

なにしろ、お姫様抱っこを他人にしたことがない。何処を支えれば良いか考えている時点でアウトな気もするが…。

「……いつでもどうぞ。」

そう言う細身な相手役の女の人。目がクリッとしていて、ショートヘアがよく似合う小柄な女性だった。

「じゃあ、失礼します」

スッと何気ない顔で持ち上げると、女性スタッフ陣の感嘆の声が漏れる。

(これで…あってるかな…?)

少々不安定かもしれない抱き方に戸惑いを覚えはするが、すぐに相手役の女性に向けて笑顔を浮かべた。その瞬間をカメラマンは捕らえ、シャッターを押していく。

(……凛にもしたことないな。)

する機会がある方が珍しいとは思うが…。
鍛えていた過去の自分に称賛の拍手を心の中で送った。

「じゃあ次、4位!耳元で囁く!」

指示された通りに綾斗は動く。相手役の女の人の耳元へ顔をを近づけ、囁くフリをすると、ほのかに香る香水の匂いが気になった。

(花みたいな匂いがする…。)

良い匂いだな、という程度の感想をもったと同時に次の撮影に移行した。

「次は…3位、頭ポンポン!」

ある程度の距離感を保ち、女性の頭上に手を置く。

(……凛は…もっと柑橘系みたいな匂いがする…。アイスも柑橘系が好きで…いつも食べてて…)

「綾斗くん、もう少し近寄って肘曲げて〜。掌はもう少し後頭部の方に!…………うん、いいね!」

(蜂蜜レモン味の飴が好きで…いつも舐めてて…)

「はい!2位のバックハグ〜」

カメラマンの声が遠くで聞こえるようなそんな感覚。
それぐらいに頭の中は凛でいっぱいだった。

「いいね!綾斗くん!肩に顔乗せて〜」

凛だったらもう少し高い位置に肩がある。
髪の毛は長くてサラサラで、触り心地が良くて。

「じゃあ最後!キスね〜。フリでいいから」

唇はどちらかというと薄くて、でも柔らかくて。


これだけ凛のことを想っているのに、これも全て、たまたま初めての相手が凛だったから、で片付けられてしまうのだろうか。
そうだとしたら、この胸に押し寄せる虚無感は一体何なのだろうか。

自分自身の感情を自分自身で理解する難しさを、この日以上に感じた日はなかった。
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