翼のない鳥
あれ、とはなんのことなのか。
少なくともこの場にいる者たちには分かっているらしい。
「そうだな・・・」
ストッパー役の男が思案顔をする。
「琴川美鶴に、琴川律、か・・・」
2人の名をゆっくりと舌にのせ、目をふせる。
脳内に広がっているのは、おそらくあの日の光景。
舞い散る桜の中に立っていた、あの美しい2人の姿。
そして、思う。
あの不思議な、神々しいとすら呼べる雰囲気をもつ2人に、安易にかかわってしまってもいいのだろうか、と。
「ま、様子見ってとこでいいんじゃねえの?」
妥協点を導き出した悪魔は、笑った。
「どのみち俺、あの2人を放っておく気ねえし?」
妖しい笑みを見てしまった者たちは息を呑み、そろそろと目をそらす。
「そうだね。まだ時間はある。」
悪魔に目を付けられてしまった者に同情しながら。
「ああいう顔を見せられちゃあねえ・・・構いたくなるってもんよー。」
悪魔が思い出すのは、始業式の後のこと。
無表情、不愛想、無口の三拍子がそろっていた彼が、姉の前で見せたとろけるような笑み。
「面白くなりそうだねえ。」
悪魔は、笑う。