愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
「毛利亭の料理はとても素晴らしいね。どれも新鮮だし美味しいし」
「どうもありがとう」


恐縮し、ペコリとお辞儀をする。


「もし迷惑じゃなかったら、帰りに料理長にご挨拶したいんだけど」
「えぇ!」


ビクッと肩を揺らし、唐突に素っ頓狂な声が出てしまった。
とっさに口もとを手で押さえた私に、月島くんが驚いた目を寄越す。


「迷惑かな?」
「ううん! そんなことはないんだけど……」


できれば今はあまり関わりたくないし、月島くんにも関わってほしくなかった。

なぜなら私の初恋相手で、最近失恋した相手というのが毛利亭の料理長、河本さんなのだ。
四十代で料理長に抜擢された河本さんは二十年以上修行を積んだ板前で、私が物心ついたときからそばにいた。

私にとっては本当の兄と、歳上の優しいお兄ちゃんがふたりいるような感覚で、家族から甘やかされるように河本さんにもかわいがられていた。
遊びに連れて行ってもらったり、宿題を見てもらったりもした。

一方的な思いを伝える前に玉砕したけれど、私が河本さんに恋心を抱いていることは家族にはバレバレだった。
兄が河本さんの下について板前をしているから、結構気まずい立場だろう。
両親も、私の落ち込みようは心配して見守ってくれていた。

だけどそのことで私はより一層、実家に自分の居場所がないと感じている。

美弥子さんのような女将としての素質もないし、料理長に失恋して気まずい空気にしてしまって、仕事でヘマをして……。

両親や兄に、早く結婚してこの家を出ていってほしいと思われるのも無理もない。
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