愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
『これは菜緒にとって、とてもいい縁談だよ』


結婚願望がまったくないわけじゃない。
むしろ小学生の頃からお嫁さんに強く憧れていた。
兄、優作(ゆうさく)の奥さんである美弥子(みやこ)さんの、素敵な白無垢姿が印象に残っているからだ。

綿帽子から足元の草履まで全身真っ白な姿は神秘的で、うつむき加減の表情はとても上品だった。
厳かな緊張感の中、満ち溢れる幸せな光景にうっとりした。

しかしそんな憧れに対する思いは今、砕け散った。
弾けて消えるシャボン玉みたいにぱちんとあっけなく、十年来の恋が終わったのだ。

それは私にとって初恋だった。
その相手が結婚すると聞いたときは、あまりにも驚いて声が出せず、喉はカラカラに乾き奥の方は錆びついた血の味がした。

胸が締めつけられて痛くて、酸欠みたいに息苦しくて、次第に立っていられなくなった。
失恋がこんなに苦しいものなのだと初めて知った。

好きな人と結ばれる可能性はもうない。
心底憧れる幸せに満ちた光景を、彼は私とじゃない別の人と実現させる。

結婚式が近づくにつれ、その絶望が心の中でどんどん大きくなっていって、どう処理していいかわからない。

けれども心の別のところでは、冷静な私はこのままじゃいけないと思っている。
私が失恋に傷ついたままでいるのは、家族に迷惑がかかるのだ。

彼が結婚すると知ってから、動揺した私は仕事で失敗を繰り返した。
食事が喉を通らなくなってフラフラし、さすがに仕事を休みはしなかったけれど仕事以外はほとんど部屋で寝て過ごしている。

父だってきっと、そんな状態の私を不憫に思って藤井さんとのお見合い話を進めているのではないだろうか。

私もいつか初恋の相手ではない別の人と、幸せになれるのなら。
いつまでも失恋を引きずって、家族を悲しませていてはダメだ。


「前向きにならなきゃ……」


部屋で立ち尽くしたまま、テーブルの上に置いたお見合い写真の表紙を見下ろし、私はつぶやいた。


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