愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
「後でお料理お出しするからね」


弾んだ声で言った母に対し、私は首を傾げる。


「え? お茶するだけじゃないの?」
「せっかくだし、うちの料理も楽しんで欲しいのよ。肩肘張らずにリラックスして食事を楽しんでね!」
「せっかくだし、って……」
「それじゃあ菜緒、しっかりね!」 


母はガッツポーズを披露し、部屋から出ていった。
部屋に取り残された私は、やけに浮かれている母が去った戸の向こうを呆然と見つめる。

そんなに早く結婚してほしいのかしら。

毛利亭は将来的に兄夫婦が継ぐことになっている。
ひとり娘の美保(みほ)ちゃんが小学生になってから美弥子さんは女将見習いの仕事に集中するようになり、ぐんぐん母の仕事を吸収し、今や母がいなくても大勢のお客様を堂々とお迎えすることができる。

それに対して私は……。
早くこの家を出ていった方が都合のいい存在なんだと思う。

座り皺にならないように注意しながら正座して、私はため息をついた。

そのとき、静かに部屋の戸が開いた。


「失礼します」


スライドする引き戸の向こうから男性の声が聞こえる。
私はそこで違和感を覚えた。


「え……?」


藤井さんの声とは違うような気がする。
不思議に思って徐々にあらわになる人物を凝視した私は、驚いて息を止めた。


「お待たせしてすみません、毛利さん」


私は登場した相手を見上げたまま、瞬きを忘れる。
不躾にも目を見開いて硬直する私を、相手はふっと微笑んで見返した。


「久しぶりだね」


そして心地よく低い声で言い、探るように首を曲げた。
私は急いで口を開け、魚みたいにパクパク開閉してから短く息を吸う。


「つ、月島くん?」


たしかに随分久しぶりだけれど、一瞬でわかった。
月島くんがにっこりと頷きながら向かい側に座る動きを、夢かと思いぼんやり見つめる。

嘘でしょ、どうして月島くんが……?
まさかお見合い相手って、藤井さんじゃなくて月島くん⁉
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