恋の蛇足
「僕、恋愛向いてないんですよ」

そうなんだろうね、と心のなかで呟きつつ、あえて私にその話題を振ってきた真意を知りたくて黙って首を傾げる。

「関係に名前があると、その関係性を守るにはルールが必要じゃないですか。僕はそういう感覚が他の人とずれてると思うんですけど、多分直せないんですよ。だから、相手がそういうのを求めてると感じると、身構えちゃって無理というか」

話しているうちにどんどん早口になっていく彼をぼんやりと見つめる。

そうか、だから私たちの関係は始まって、私たちの恋は終わったのだ。

「だから僕は瞳子さんだけじゃなくて、誰とも付き合うべきではないと思う。元々そんなに性欲もないから、何もしなくてもいいし。
それに付き合ったらいずれ、」
「そんなことはないんじゃないかな。多分そういう関係でいいって言う人はいるよ」

彼の言葉を聞きたくなくて、強く遮った。
私は、関係性に名前が欲しかっただけだった。
それって、そんなにわがままな願いだったのだろうか。

「まぁそうかも知れないですけど。
僕は今の瞳子さんとの関係性が結構好きなんですよ」

私の心を優しく丁寧に傷付けていく気がした。


「私との関係性って、何」


今までの話の流れで、この言葉がいかにナンセンスであるかは自覚していた。
名前のない関係性であることを逆手にとって悦に浸っていたけれど、心の奥ではいつもこの関係性に名前が欲しいと願っていた。
なのに、彼はあえて名前をつけずにいたのだと思ったら堪らなくなった。

彼はそっと私に近付いて、優しく頬にキスをした。
そのキスの理由にも、名前はないのか。

「この関係のままじゃ、嫌ですか」

その問いの答えは『イエス』だ。
でも、『イエス』と答えれば何もかも終わる。

私が、終わらせてしまう。

私がきれいなままの恋を捨ててまで守りたかった何かを。
ちゃんと終わらせればよかったのだ。
あの朝にきちんと話して、別れたら会わなければよかった。

でも、それ以上に思う。
彼との恋は、蛇足だとしても私には手放せない時間だった。


彼は、何も言わず静かに泣き続ける私をぼんやりと見つめていたが、『もうすぐ終電なので帰ります』と言って部屋を出ていった。
名前のない関係に終わりがあるのかは分からなかった。

それから彼が私の部屋を訪れることはなかった。
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