コミュ障
ある日の電車も満員で、通勤だけで体力も精神力も削られてしまう事に理不尽さを覚えた。
けれど、いつもより明るく感じられる会社への道のり。
目の前では見慣れた後ろ姿が人混みに取り残されるようにダラダラと歩くのが目に入った。
その背中を見て一瞬だけ目を閉じた私は、大きく酸素を体に取り込み、その背中を軽く叩いた。
「・・・おはよう」
「・・・おお?おはよ」
眠そうな顔から、少しだけ驚きの顔を追加した阿部は、隣を歩き始めた私に隠そうともせずにクスクス笑っていた。
「・・・何」
「いや、なんでも?」
その顔もニヤニヤした顔で言われたものだから、少しだけ苛立ちをぶつけるように彼の脚を踏むと、何故だか彼は嬉しそうだった。
「阿部先輩、真中先輩、おはようございますっ」
並んでデスクに行くと、すでに出勤していた高村くんが朝から大きすぎるくらいの声で挨拶をしてくる。
「おう、おはよ」
「おはよう、高村くん」
そう言って私はいつものようにノートを広げ、パソコンを立ち上げる。
相も変らず起動が重たいパソコンを見ながら、私はほんの少しだけ椅子を下げた。
「・・・高村くんっていつも早いよね」
「えっ・・・はい!あ、家が遠いので早めに出てきてるんです」
彼の返事の一言目は戸惑いを隠せていなかった。
まぁ、それも無理がないことだろう。
自分から話し掛けたことはなかったし、ましてや仕事に関係のない話だ。
なぜかその後の嬉しそうな顔はどうしても分からなかったが。
用意してきた質問と頭の中での予行練習のお陰でなんとか普通に相槌を出せたと思う。
このままなんとか会話を広げようとしたところに野々宮さんが通った。
「おはよう、真中さん。会議終わったら軽く打ち合わせできる?」
「おはようございます、野々宮さん。もちろんです」
しまった。これはいきなりすぎて予習していない。
阿部だったらさらりと今日の髪型でも褒めるのだろうか。
分からないけれど真似できそうにないので、とりあえず彼の笑顔を意識して笑い返した。
すると野々宮さんは軽く目を見開きながら阿部を見やる。
分かってますよ。今までと真反対ですから。
でも、私だって変わらなきゃいけない。
いいや、変わりたいと思えたのだ。これくらいの努力はしなければ。
「阿部、アンタ何かしたの?」
「なんで俺がそんな叱られかけてるのか分かんないけど、何もしてないって」
苦笑いしながら誤魔化す阿部に首を傾けながら、野々宮さんは手に持っていた資料を私に直接手渡した。
「こ、これね・・・今日話したいのは。軽くでも目を通してくれると助かります」
「あ、すみません・・・」
そう言って資料を受け取り、何故か安心したように笑う野々宮さんが離れていくのを見送っていると、阿部が椅子をガラガラと鳴らしながら近付いてくる。
「真中、何悪い事したの?」
「え?・・・何も…あっ!野々宮さんっ!」
ニヤニヤ確かめるような阿部の声に反応した私は、半ば条件反射のように無意識で立ち上がって野々宮さんを大声で引き止めてしまった。
そのせいで何かあったのかと周りからの視線に晒され心が折れそうになるが、チラッと阿部を見て頷いた。
「野々宮さん、資料・・・ありがとうございます!」
「・・・っ」
あまりにも大声で言ったものだから周りの「・・・それだけ?」という視線も感じられたが、野々宮さんは肩を少し上げながら私を見開いた目で見つめ返していた。
少し赤くなった頬を誤魔化すように頷いただけの野々宮さんはさっきよりも早足でかけて行ってしまう。
「・・・阿部先輩」
「何もしてないよ」
高村くんの質問の前に笑いながら釘を刺した阿部は、朝礼が始まるまで。いや、終わってからもずっと上機嫌だった。
「阿部、今日の会議手伝って」
朝礼が終わるや否や彼のデスクに椅子を近づけた私が頼むと、阿部は野々宮さんのように軽く目を見開いた。
「・・・変わるときは一瞬だな。いいよ、もちろん」
可笑しそうに、且つ楽しそうに笑う阿部は全て分かっているかのようで。
恥ずかしさは覚えたけれど今までのような苛つきは感じられなかった。
いつもより早く会議室に行くと、隣に阿部がいるから大丈夫か、とある意味で無責任な安心感を覚え、初めてそんな悪くなかったのではないかと振り返ることができた。
とは言っても私が少し変わったところで、劇的に仕事が進むわけではない。
思ったよりも私が足を引っ張ってしまっていたようで、シナリオの進捗が悪く全体的に遅れているという会議の内容だった。
今までほどではないが憂鬱になりながら会議室をみんなより一足先に後にすると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「あの真中さん、打ち合わせ」
私の前に回ってきた野々宮さんを見てすっかり忘れていたと頭を下げた。
この謝罪はしても良いものなはず。
テストを見せる子供のようにチラッと阿部を見るが、ただ楽しそうな笑顔だったので間違いではなかったのだろうと結論づける。
「ねぇ、その打ち合わせ俺も参加させて」
それだけを言うと彼は私たち二人の背中を押してデスクまで戻っていく。
無理矢理歩かされている感覚が悪くないと思えてしまったのだから、本当に私は変わることが出来たのかもしれない。
席に戻るや否や野々宮さんの話を聞くと、企画のテコ入れがあり、ゲームパートの一部改正があったとのことだった。
私たちシナリオからするとあまり大きな差ではないがイラスト側からするとかなりの変更で、動画としてアニメーションを流すシーンが出来なくなってしまったとの事だった。
「・・・子供に楽しめるようにってアニメにしたんだけど許可おりなくて。だからアニメのシーンを改めて文章化してほしいの」
本当にごめんなさい、と頭を下げながら変更部分の資料の説明を続ける野々宮さんは、心から申し訳なさそうだった。
「別にそれくらいなら大丈夫だと思うけどさ、これプログラマー陣知ってるの?」
「いや、今朝決まったからまだ伝えてないけど・・・?」
それがどうしたの?と野々宮さんと二人で阿部を見ると、彼は少しだけ表情に影を落としていた。
「もともとこのアニメはさ、ゲームからインターネットに繋げさせてそのページでアニメーション流す予定だったろう?それがテキストにってなるとプログラムから書き換えないとダメじゃない?」
流石に慣れている彼の意見はもっともで、野々宮さんはさらに申し訳なさそうな色を濃くしてしまう。
「そうだった・・・全体的に遅れてるのに今更そこを作り直すとか言い出しにくいわ」
「それを言うなら遅れてる原因は私でもあるから…」
二人で落ち込んでしまいながら、結局は言い出さなければいけないから、と悩んでいると、少し黙っていた阿部が軽く手を叩いた。
「・・・んー、多分なんとかなるでしょ」
「「・・・えっ?」」
簡単に言い切った阿部は立ち上がって、打ち合わせを見ていた高村くんの肩を叩いた。
そのまま彼を引き連れて部長のデスクまで行った姿をぽかんと見つめながら待っていると、数分後に笑顔の阿部と顔が引きつっている高村くんが帰ってくる。
「・・・な、何?」
何があったの、と聞く野々宮さんに私も頷いて肯定の意を示した。
「野々宮たちデザインだけはかなり進捗いいだろう?人数も多いし」
「そ、うだけど」
質問したらすぐに答えを返さないのは彼の癖なのだろうか。
彼は質問とは少しズレた話をしながら座り直した。
「そしてリーダーの野々宮は今ディレクター的な事をしてる」
「そうよ・・・なんでか分からないけれどこの企画ディレクターは決まってなくて、その役回りをみんなで分担してたから」
「それは本当悪かったと思ってる」
頬をコリコリと掻きながら、阿部は言いにくそうに少しだけ考えてから口を開いた。
「もともと、今回のディレクターは俺って言われてたんだよ」
「・・・はっ?」
その声は私のものだったのか野々宮さんのものだったのか。
隣で苦笑いしてる高村くんは今それを知ったのかもしれない。
「でも、真中のサポート必要かなって思って外して貰ってたんだけど。・・・もう大丈夫そうだしディレクターやるよ」
「・・・」
大丈夫そう、と優秀な彼に言われて嬉しかったのは本音だ。
けれど、それがどうして今回の問題が大丈夫になったのかは理解ができなかった。
「あー、だから、ディレクター権限でそこ変えることにした。アニメがダメなのはこの企画にかける予算的な話だったから。漫画にするって言ってきた」
「・・・漫画?」
野々宮さんのおうむ返し的な質問に、阿部は腕を組みながら頷いた。
「インターネットに繋げてそのページでアニメ流すのも、そのページに漫画を置くのもプログラムは変わらないだろ?だからプログラマーも困らないしシナリオの文章化もしなくて済む」
「・・・でも、漫画なんて誰が描くの?」
「そうよ、漫画なんて描ける人いないし外注もできないわよ?」
私たちの質問も当然の事なのだが想定済みのようで、彼は隣で苦笑いを浮かべている高村くんの肩を叩いた。
「こいつ漫画担当にした。そしてイラストは野々宮」
「はぁっ?」
あまりにも勝手な決定に阿部はからからと笑いながら口先だけの謝罪を言葉にしていた。
「悪いって。でもイラスト側余裕作ってくれたからそこに甘えさせてもらう。これなら大幅な変更は無いし、大変なのは高村と野々宮くらいだろ?真中も新人になにさせようか、とか考えずに完成まで集中できるしな」
私の無意識でのストレスも見抜いていたかのように彼は簡単に口にした。
「野々宮。コイツもともと漫画家志望だからコマ割りとかのノウハウあるし大丈夫だって。イラストだけはお前とサポートしてくれる人間で仕上げてくれ。そんな長くないし、頼んだ!」
パシ、と両手を合わせて目を瞑った阿部は、返事を待たずに立ち上がった。
「というわけで俺は各部署に変更伝えに行くから後は任せた!高村、失敗していいから頑張りな」
軽く彼の肩を叩いて嵐の如く過ぎ去っていった彼の背中を見ながら、私たちは茫然としていた。
「なんなの、あいつ・・・えっと・・・」
とはいえ迷ってる時間もないことも事実だ。
野々宮さんは高村くんを見つめた。
「あ、高村大輝です・・・絵は苦手なんですけど漫画は詳しいので…頑張ります」
戸惑いながらも自分の長所をしっかりと言えるような彼は、根本では私なんかとは違う人間だ。
いきなりの事だけど上手くやってくれるだろう。
というより私に他を心配している余裕はない。
打ち合わせのために離れて行った二人を見届けてから、私はパソコンに向き直った。
けれど、いつもより明るく感じられる会社への道のり。
目の前では見慣れた後ろ姿が人混みに取り残されるようにダラダラと歩くのが目に入った。
その背中を見て一瞬だけ目を閉じた私は、大きく酸素を体に取り込み、その背中を軽く叩いた。
「・・・おはよう」
「・・・おお?おはよ」
眠そうな顔から、少しだけ驚きの顔を追加した阿部は、隣を歩き始めた私に隠そうともせずにクスクス笑っていた。
「・・・何」
「いや、なんでも?」
その顔もニヤニヤした顔で言われたものだから、少しだけ苛立ちをぶつけるように彼の脚を踏むと、何故だか彼は嬉しそうだった。
「阿部先輩、真中先輩、おはようございますっ」
並んでデスクに行くと、すでに出勤していた高村くんが朝から大きすぎるくらいの声で挨拶をしてくる。
「おう、おはよ」
「おはよう、高村くん」
そう言って私はいつものようにノートを広げ、パソコンを立ち上げる。
相も変らず起動が重たいパソコンを見ながら、私はほんの少しだけ椅子を下げた。
「・・・高村くんっていつも早いよね」
「えっ・・・はい!あ、家が遠いので早めに出てきてるんです」
彼の返事の一言目は戸惑いを隠せていなかった。
まぁ、それも無理がないことだろう。
自分から話し掛けたことはなかったし、ましてや仕事に関係のない話だ。
なぜかその後の嬉しそうな顔はどうしても分からなかったが。
用意してきた質問と頭の中での予行練習のお陰でなんとか普通に相槌を出せたと思う。
このままなんとか会話を広げようとしたところに野々宮さんが通った。
「おはよう、真中さん。会議終わったら軽く打ち合わせできる?」
「おはようございます、野々宮さん。もちろんです」
しまった。これはいきなりすぎて予習していない。
阿部だったらさらりと今日の髪型でも褒めるのだろうか。
分からないけれど真似できそうにないので、とりあえず彼の笑顔を意識して笑い返した。
すると野々宮さんは軽く目を見開きながら阿部を見やる。
分かってますよ。今までと真反対ですから。
でも、私だって変わらなきゃいけない。
いいや、変わりたいと思えたのだ。これくらいの努力はしなければ。
「阿部、アンタ何かしたの?」
「なんで俺がそんな叱られかけてるのか分かんないけど、何もしてないって」
苦笑いしながら誤魔化す阿部に首を傾けながら、野々宮さんは手に持っていた資料を私に直接手渡した。
「こ、これね・・・今日話したいのは。軽くでも目を通してくれると助かります」
「あ、すみません・・・」
そう言って資料を受け取り、何故か安心したように笑う野々宮さんが離れていくのを見送っていると、阿部が椅子をガラガラと鳴らしながら近付いてくる。
「真中、何悪い事したの?」
「え?・・・何も…あっ!野々宮さんっ!」
ニヤニヤ確かめるような阿部の声に反応した私は、半ば条件反射のように無意識で立ち上がって野々宮さんを大声で引き止めてしまった。
そのせいで何かあったのかと周りからの視線に晒され心が折れそうになるが、チラッと阿部を見て頷いた。
「野々宮さん、資料・・・ありがとうございます!」
「・・・っ」
あまりにも大声で言ったものだから周りの「・・・それだけ?」という視線も感じられたが、野々宮さんは肩を少し上げながら私を見開いた目で見つめ返していた。
少し赤くなった頬を誤魔化すように頷いただけの野々宮さんはさっきよりも早足でかけて行ってしまう。
「・・・阿部先輩」
「何もしてないよ」
高村くんの質問の前に笑いながら釘を刺した阿部は、朝礼が始まるまで。いや、終わってからもずっと上機嫌だった。
「阿部、今日の会議手伝って」
朝礼が終わるや否や彼のデスクに椅子を近づけた私が頼むと、阿部は野々宮さんのように軽く目を見開いた。
「・・・変わるときは一瞬だな。いいよ、もちろん」
可笑しそうに、且つ楽しそうに笑う阿部は全て分かっているかのようで。
恥ずかしさは覚えたけれど今までのような苛つきは感じられなかった。
いつもより早く会議室に行くと、隣に阿部がいるから大丈夫か、とある意味で無責任な安心感を覚え、初めてそんな悪くなかったのではないかと振り返ることができた。
とは言っても私が少し変わったところで、劇的に仕事が進むわけではない。
思ったよりも私が足を引っ張ってしまっていたようで、シナリオの進捗が悪く全体的に遅れているという会議の内容だった。
今までほどではないが憂鬱になりながら会議室をみんなより一足先に後にすると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「あの真中さん、打ち合わせ」
私の前に回ってきた野々宮さんを見てすっかり忘れていたと頭を下げた。
この謝罪はしても良いものなはず。
テストを見せる子供のようにチラッと阿部を見るが、ただ楽しそうな笑顔だったので間違いではなかったのだろうと結論づける。
「ねぇ、その打ち合わせ俺も参加させて」
それだけを言うと彼は私たち二人の背中を押してデスクまで戻っていく。
無理矢理歩かされている感覚が悪くないと思えてしまったのだから、本当に私は変わることが出来たのかもしれない。
席に戻るや否や野々宮さんの話を聞くと、企画のテコ入れがあり、ゲームパートの一部改正があったとのことだった。
私たちシナリオからするとあまり大きな差ではないがイラスト側からするとかなりの変更で、動画としてアニメーションを流すシーンが出来なくなってしまったとの事だった。
「・・・子供に楽しめるようにってアニメにしたんだけど許可おりなくて。だからアニメのシーンを改めて文章化してほしいの」
本当にごめんなさい、と頭を下げながら変更部分の資料の説明を続ける野々宮さんは、心から申し訳なさそうだった。
「別にそれくらいなら大丈夫だと思うけどさ、これプログラマー陣知ってるの?」
「いや、今朝決まったからまだ伝えてないけど・・・?」
それがどうしたの?と野々宮さんと二人で阿部を見ると、彼は少しだけ表情に影を落としていた。
「もともとこのアニメはさ、ゲームからインターネットに繋げさせてそのページでアニメーション流す予定だったろう?それがテキストにってなるとプログラムから書き換えないとダメじゃない?」
流石に慣れている彼の意見はもっともで、野々宮さんはさらに申し訳なさそうな色を濃くしてしまう。
「そうだった・・・全体的に遅れてるのに今更そこを作り直すとか言い出しにくいわ」
「それを言うなら遅れてる原因は私でもあるから…」
二人で落ち込んでしまいながら、結局は言い出さなければいけないから、と悩んでいると、少し黙っていた阿部が軽く手を叩いた。
「・・・んー、多分なんとかなるでしょ」
「「・・・えっ?」」
簡単に言い切った阿部は立ち上がって、打ち合わせを見ていた高村くんの肩を叩いた。
そのまま彼を引き連れて部長のデスクまで行った姿をぽかんと見つめながら待っていると、数分後に笑顔の阿部と顔が引きつっている高村くんが帰ってくる。
「・・・な、何?」
何があったの、と聞く野々宮さんに私も頷いて肯定の意を示した。
「野々宮たちデザインだけはかなり進捗いいだろう?人数も多いし」
「そ、うだけど」
質問したらすぐに答えを返さないのは彼の癖なのだろうか。
彼は質問とは少しズレた話をしながら座り直した。
「そしてリーダーの野々宮は今ディレクター的な事をしてる」
「そうよ・・・なんでか分からないけれどこの企画ディレクターは決まってなくて、その役回りをみんなで分担してたから」
「それは本当悪かったと思ってる」
頬をコリコリと掻きながら、阿部は言いにくそうに少しだけ考えてから口を開いた。
「もともと、今回のディレクターは俺って言われてたんだよ」
「・・・はっ?」
その声は私のものだったのか野々宮さんのものだったのか。
隣で苦笑いしてる高村くんは今それを知ったのかもしれない。
「でも、真中のサポート必要かなって思って外して貰ってたんだけど。・・・もう大丈夫そうだしディレクターやるよ」
「・・・」
大丈夫そう、と優秀な彼に言われて嬉しかったのは本音だ。
けれど、それがどうして今回の問題が大丈夫になったのかは理解ができなかった。
「あー、だから、ディレクター権限でそこ変えることにした。アニメがダメなのはこの企画にかける予算的な話だったから。漫画にするって言ってきた」
「・・・漫画?」
野々宮さんのおうむ返し的な質問に、阿部は腕を組みながら頷いた。
「インターネットに繋げてそのページでアニメ流すのも、そのページに漫画を置くのもプログラムは変わらないだろ?だからプログラマーも困らないしシナリオの文章化もしなくて済む」
「・・・でも、漫画なんて誰が描くの?」
「そうよ、漫画なんて描ける人いないし外注もできないわよ?」
私たちの質問も当然の事なのだが想定済みのようで、彼は隣で苦笑いを浮かべている高村くんの肩を叩いた。
「こいつ漫画担当にした。そしてイラストは野々宮」
「はぁっ?」
あまりにも勝手な決定に阿部はからからと笑いながら口先だけの謝罪を言葉にしていた。
「悪いって。でもイラスト側余裕作ってくれたからそこに甘えさせてもらう。これなら大幅な変更は無いし、大変なのは高村と野々宮くらいだろ?真中も新人になにさせようか、とか考えずに完成まで集中できるしな」
私の無意識でのストレスも見抜いていたかのように彼は簡単に口にした。
「野々宮。コイツもともと漫画家志望だからコマ割りとかのノウハウあるし大丈夫だって。イラストだけはお前とサポートしてくれる人間で仕上げてくれ。そんな長くないし、頼んだ!」
パシ、と両手を合わせて目を瞑った阿部は、返事を待たずに立ち上がった。
「というわけで俺は各部署に変更伝えに行くから後は任せた!高村、失敗していいから頑張りな」
軽く彼の肩を叩いて嵐の如く過ぎ去っていった彼の背中を見ながら、私たちは茫然としていた。
「なんなの、あいつ・・・えっと・・・」
とはいえ迷ってる時間もないことも事実だ。
野々宮さんは高村くんを見つめた。
「あ、高村大輝です・・・絵は苦手なんですけど漫画は詳しいので…頑張ります」
戸惑いながらも自分の長所をしっかりと言えるような彼は、根本では私なんかとは違う人間だ。
いきなりの事だけど上手くやってくれるだろう。
というより私に他を心配している余裕はない。
打ち合わせのために離れて行った二人を見届けてから、私はパソコンに向き直った。