コミュ障
漫画に舵を取り直してから少し経ったある日、ディレクターとして急に阿部が社内メールで私に指示を出してきた。
内容は“漫画の進捗確認”との事。
「え?・・・どうして私が」
「どうしても何も。漫画部分だってシナリオの中なんだから真中がチェックしてやらないと」
どうせ喫煙所か屋上だろうと私は社内をずんずん進んでいったのだが、予想に反して彼の姿はそこには無かった。
結局三十分も無駄に歩き回って、会議室の中で資料を広げる彼を見つけた私はシナリオの原稿と一緒に疑問をぶつけた。
「それは・・・そうかもしれないけど」
「真中のシナリオはだいぶ見えてきてるんだろ?問題なさそうだし、頼むよ!」
そう少しだけ申し訳なさそうに告げた彼の顔は、私の知っている阿部の顔ではなかった。
部長や今までのディレクターと似たような少し疲れと気遣いに満ちた顔で、それが何故だか少しだけ悔しく思ってしまう。
今回シナリオ担当になり、色々と経験していく中でほんの少しだけ成長していた気もしていたし、阿部に追いつけたのではないかとも思えていた。
だが、こうして見ると、阿部は阿部でさらに成長をしているのだろう。
その進むスピードは私よりも速いのかもしれない。
これでは差が開くだけだ。
溜息を吐いた私は、悔しながらに彼の言う通り漫画の進捗確認をしにイラスト部へと向かった。
もっとも、シナリオ自体は進んでいるし、息抜きと気分転換。
新たに何か刺激がもらえるかもと思っての気持ちも含んでのものである。
だが、そんな軽い気持ちで向かった先は、意外と修羅場だった。
「高村くん、ここはどうするのっ?」
「あ、野々宮先輩待ってください!先にこっちの話終わらせますから!」
今まで何度かイラスト部を通ったことがあったが、その時の印象はとても静かな部署だな、である。
全員が猫のように背中を丸めて真剣にペンを走らせている姿を見ると、同じゲーム制作でこんなに雰囲気が違うのだと軽く驚いた。
だがその部署は今、高村くんという若くて元気のいい彼が入ったことによるものか、普段慣れない作業を任されているからか、或いはそのどちらもか。
ともかく、焦ったような大声で仕事の内容が飛び交う部署へと変わっていた。
「で・・・、影はこのスクリーントーンってやつを貼るんです」
「トーンってやつね。どうやって形作るの?」
「カッターあるのでそれでお願いします!後貼るとき凄く難しいので軽く練習してからの方が・・・」
バタバタと慌ただしそうに駆け回る人やいつも以上に黙り込んで集中がこちらに伝わってくるほど真剣に作業をしている人もいる。
その中心で、高村くんは目を回しながらも充実していそうだった。
「…あの」
そんな人たちの邪魔をしたくはなかったが、これもディレクターの指示だ。
私は遠慮がちに小声を掛けた。
「あれ、真中先輩っ」
数日会ってないうちに会った高村くんは急激に大人びて見えた。
それは、目の下に出来始めた隈のせいかもしれないが。
「真中さんっ・・・?どうしてウチに?」
戸惑いながらも少しだけ笑顔を見せてくれた野々宮さんの目の下のも同じような黒い隈がはっきりと見えていたが、それでも辛そうというよりは、高村くんと同じ、充実したような目の輝きを見せてくれ、少しだけ安心した。
「阿部から、漫画の進捗確認してこいって言われて・・・」
忙しい時にごめんなさい、と謝るのは悪い謝罪じゃないはず。
頭を下げてから野々宮さんに話し掛けてもいいのかと迷っているうちに、野々宮さんは立ち上がって私の目の前まで来てくれた。
「そう。真中さんも忙しいのにわざわざありがとう」
「・・・いえ。私のストーリーですから」
少し恥ずかしかったかもしれないけれどそう告げると、野々宮さんが照れ臭そうに笑った。
だがその赤くなった顔を誤魔化すように勢いよく彼女は振り返り、未だ必死に手を動かしている部署を見渡した。
「それで、進捗だったわよね・・・。大変だけど、悪くないわ」
その悪くない、は進捗に対してのものなのだろうか。
それにしては言葉尻に嬉々とした色が見られ、楽しいとも受け取れる言葉だった。
「ウチにも漫画に詳しい人間がいたから、高村くんと協力してもらって指揮をお願いしてるわ。おかげで慌ただしいけど間に合いそう」
「・・・そうでしたか…すみません。急にこんなことになってしまって」
「真中さんのせいじゃないでしょ?」
染み付いた思考は無意識に謝罪を口にしていたが、野々宮さんは慌てたようにフォローをしてくれた。
元はと言えば進捗を遅らせてしまった私が原因の一つであるし、申し訳ないという気持ちは強い。
だからこそ出た謝罪だったのだが、そう言ってしまうのは今頑張ってくれているみんなに失礼なのではないかと思い直し、軽く反省を始めてしまう。
「漫画にするって決めたのは阿部のやつだし、そんな謝られたら少し寂しいわ」
珍しく、私のような小声で呟いた野々宮さんの横顔は少しだけ赤みを増していて、それが何故だか嬉しかった。
「あ、そうだ!確認しないといけないことがあったんだった!」
ぱっと振り向いた野々宮さんがデスクから原稿を何枚か持ってくると、近くのキャビネットに広げて私にも見やすいように並べてくれる。
まだ雑にシャープペンシルで書かれた下書きを見せながら、野々宮さんはいつも通りの顔を向けてくる。
「ココ、こういう構図にしたんだけどおかしくないかしら?このシーンは親の方をメインにするのか子供の方をメインにするのかウチでも悩んでて・・・」
その言葉を聞きながら私は一通り目を通した。
今書いてくれているシーンは、確かにどちらをメインにするかで見方が変わる難しいシーンだ。
書かれている漫画の下書きと、私の頭の中にあるシナリオを思い返しながら、私は口を動かした。
「その、私は親の視点から見た子供の成長と、それに戸惑う親の気持ちってイメージで書きました・・・だから、おかしくはないと思います」
「なるほどね・・・親の気持ちと視点かぁ」
それなら、と野々宮さんは手に持っていた残りの紙も広げた。
そこには同じように漫画の下書きがあったが、親のイラストは無く、子供の絵だけが並び、親の気持ちが文字として書いてあるだけだった。
「こっちの方がイメージに近いかしら」
「・・・ぁ、はいっ・・・こっち、凄くいいです」
自分の書いていた文字が可視化できたようで嬉しくて、私は何度も頷いた。
「嬉しいです・・・こうして自分のお話が広がっていくのを感じられて」
「・・・」
そう呟いた私の顔を、野々宮さんは同じような笑顔で見つめてくれていた。
「それを言ったら私の方も嬉しいわよ」
「・・・え?」
「私ね。真中さんの事入社当時から知っていたの。新入社員のスキルとか見るために自身の作品を公開するでしょ?そこで真中さんのお話見て思ったの。こんな素敵なお話書く人いるんだって」
それは、阿部から言われていたことで半信半疑であったが、こうして本人から言われるとそれが真実なのだとよく分かる。
そしてそれがどれだけ嬉しくてたまらない事かという事が、さらに私に突き付けられた。
「阿部は阿部で凄いけれど、単純にお話だけの魅力で言ったら真中さんの方が上だと私は思ってるの。だから、ずっと一緒に仕事がしてみたかった。この人の素敵なお話をゲームにする時、イラストは私がやりたいなって思って・・・それで頑張れたの」
照れながらもしっかりと言葉にして私を見つめてくれる野々宮さんは、感慨深そうに部署にも視線を向けた。
「だから、こうして今回ゲーム制作を一緒にしてる事が本当に嬉しい。漫画にも出来るなんてもっと嬉しい。好きな人と同じものを作れるなんて、こんな嬉しい事なのね」
あまりにも直球なその言葉たちに、私まで恥ずかしくなってしまい俯いた。
「そんな・・・私自身は人見知りで、人と話すのも苦手で」
心では嬉しいのに、頭がそんな事はないと否定してしまい、口にするのは感謝の気持ちではなく自分を下げるような言葉だった。
「それを変えたいって思ったのも最近だったから・・・ずっと私なんて大したものじゃなかったです」
「何言ってんのよ!」
私を下げる言葉に怒ったのは、私ではなく野々宮さんだった。
「アンタ本当に分かってないのね」
続いて吐き出された溜息とその言葉は、仲のいい阿部に向けられるような物で、ほんの少しだけ嬉しかったのは秘密だ。
「・・・真中さんは、周りから好かれてたわよ。間違いなく」
阿部も同じようなことを言ってくれていたがそれも話半分で聞いていた私は、戸惑っているのだろう。
仕方ないな、とばかりに苦笑いを浮かべながら、野々宮さんはキャビネットに肘を付いて私に目を向けずにゆっくりと話し始めた。
「正直、同期で同じ部署にあんな優秀な奴がいて、腐らない方がおかしいわ。でも、真中さんはいつもしっかりと自分の仕事をこなしていたでしょ?サポートだけどあんな凄い奴いないって阿部がいつも自慢してた」
「・・・それは」
仕事だから当たり前。と言いたいが感情は違っていた。
とても恥ずかしいが、少しだけ嬉しい。
「それにね、人と話すことが苦手な真中さんも人気あったわよ?小動物みたいで可愛らしいって」
くすくすと笑いながら野々宮さんは何かを邂逅するように目を閉じた。
「凄くいい仕事をして素敵なお話を書くのに、話し掛けたら少し怖がっているようで。返事だけじゃなくて二言目があった時はみんな帰ってきてから自慢してたの。真中さんと話せた、今日は目を見てくれたって」
私も例に漏れずだけど、と少し意地悪っぽく笑った彼女は、前みたいに他人行儀ではなくて、仲良くなれているのかもしれないと感じて少し…いや、かなり嬉しかった。
「他の部署も結構な人数そう言う人が多かった。なんてことない書類を誰が届けに行くかで揉めるって話よ、人事の友達が言ってたわ。…阿部もいるし、シナリオライター部に行くのは毎回揉めるみたい」
くすくすと笑いながら私を見た野々宮さんはとても優しい笑顔を浮かべていた。
「ほら、人見知りを直すっていうのは大変だろうけど良い事だとも思う。だから、以前の真中さんがダメだったってことはないのよ」
「野々宮さん!お話してないで戻ってくださーい!」
「はいはーい!」
泣きそうな女の子の声が届いたところで、野々宮さんはゆっくりと身体をほぐしてキャビネットから離れた。
「落ち着いたら一緒にランチでも行きましょ?」
「あ・・・はい。ぜひ」
きっとその時もうまくは話せないんだろう。
でも、それが嫌な事ではないと少しだけ思えたのだから不思議だった。
手を振ってくれるデザイン部のみんなに頭を下げて戻った私は、一人でに何故か頬が緩んでいて。
自分のデスクに戻った後も謎のやる気が私を包んでいる気がしていた。
内容は“漫画の進捗確認”との事。
「え?・・・どうして私が」
「どうしても何も。漫画部分だってシナリオの中なんだから真中がチェックしてやらないと」
どうせ喫煙所か屋上だろうと私は社内をずんずん進んでいったのだが、予想に反して彼の姿はそこには無かった。
結局三十分も無駄に歩き回って、会議室の中で資料を広げる彼を見つけた私はシナリオの原稿と一緒に疑問をぶつけた。
「それは・・・そうかもしれないけど」
「真中のシナリオはだいぶ見えてきてるんだろ?問題なさそうだし、頼むよ!」
そう少しだけ申し訳なさそうに告げた彼の顔は、私の知っている阿部の顔ではなかった。
部長や今までのディレクターと似たような少し疲れと気遣いに満ちた顔で、それが何故だか少しだけ悔しく思ってしまう。
今回シナリオ担当になり、色々と経験していく中でほんの少しだけ成長していた気もしていたし、阿部に追いつけたのではないかとも思えていた。
だが、こうして見ると、阿部は阿部でさらに成長をしているのだろう。
その進むスピードは私よりも速いのかもしれない。
これでは差が開くだけだ。
溜息を吐いた私は、悔しながらに彼の言う通り漫画の進捗確認をしにイラスト部へと向かった。
もっとも、シナリオ自体は進んでいるし、息抜きと気分転換。
新たに何か刺激がもらえるかもと思っての気持ちも含んでのものである。
だが、そんな軽い気持ちで向かった先は、意外と修羅場だった。
「高村くん、ここはどうするのっ?」
「あ、野々宮先輩待ってください!先にこっちの話終わらせますから!」
今まで何度かイラスト部を通ったことがあったが、その時の印象はとても静かな部署だな、である。
全員が猫のように背中を丸めて真剣にペンを走らせている姿を見ると、同じゲーム制作でこんなに雰囲気が違うのだと軽く驚いた。
だがその部署は今、高村くんという若くて元気のいい彼が入ったことによるものか、普段慣れない作業を任されているからか、或いはそのどちらもか。
ともかく、焦ったような大声で仕事の内容が飛び交う部署へと変わっていた。
「で・・・、影はこのスクリーントーンってやつを貼るんです」
「トーンってやつね。どうやって形作るの?」
「カッターあるのでそれでお願いします!後貼るとき凄く難しいので軽く練習してからの方が・・・」
バタバタと慌ただしそうに駆け回る人やいつも以上に黙り込んで集中がこちらに伝わってくるほど真剣に作業をしている人もいる。
その中心で、高村くんは目を回しながらも充実していそうだった。
「…あの」
そんな人たちの邪魔をしたくはなかったが、これもディレクターの指示だ。
私は遠慮がちに小声を掛けた。
「あれ、真中先輩っ」
数日会ってないうちに会った高村くんは急激に大人びて見えた。
それは、目の下に出来始めた隈のせいかもしれないが。
「真中さんっ・・・?どうしてウチに?」
戸惑いながらも少しだけ笑顔を見せてくれた野々宮さんの目の下のも同じような黒い隈がはっきりと見えていたが、それでも辛そうというよりは、高村くんと同じ、充実したような目の輝きを見せてくれ、少しだけ安心した。
「阿部から、漫画の進捗確認してこいって言われて・・・」
忙しい時にごめんなさい、と謝るのは悪い謝罪じゃないはず。
頭を下げてから野々宮さんに話し掛けてもいいのかと迷っているうちに、野々宮さんは立ち上がって私の目の前まで来てくれた。
「そう。真中さんも忙しいのにわざわざありがとう」
「・・・いえ。私のストーリーですから」
少し恥ずかしかったかもしれないけれどそう告げると、野々宮さんが照れ臭そうに笑った。
だがその赤くなった顔を誤魔化すように勢いよく彼女は振り返り、未だ必死に手を動かしている部署を見渡した。
「それで、進捗だったわよね・・・。大変だけど、悪くないわ」
その悪くない、は進捗に対してのものなのだろうか。
それにしては言葉尻に嬉々とした色が見られ、楽しいとも受け取れる言葉だった。
「ウチにも漫画に詳しい人間がいたから、高村くんと協力してもらって指揮をお願いしてるわ。おかげで慌ただしいけど間に合いそう」
「・・・そうでしたか…すみません。急にこんなことになってしまって」
「真中さんのせいじゃないでしょ?」
染み付いた思考は無意識に謝罪を口にしていたが、野々宮さんは慌てたようにフォローをしてくれた。
元はと言えば進捗を遅らせてしまった私が原因の一つであるし、申し訳ないという気持ちは強い。
だからこそ出た謝罪だったのだが、そう言ってしまうのは今頑張ってくれているみんなに失礼なのではないかと思い直し、軽く反省を始めてしまう。
「漫画にするって決めたのは阿部のやつだし、そんな謝られたら少し寂しいわ」
珍しく、私のような小声で呟いた野々宮さんの横顔は少しだけ赤みを増していて、それが何故だか嬉しかった。
「あ、そうだ!確認しないといけないことがあったんだった!」
ぱっと振り向いた野々宮さんがデスクから原稿を何枚か持ってくると、近くのキャビネットに広げて私にも見やすいように並べてくれる。
まだ雑にシャープペンシルで書かれた下書きを見せながら、野々宮さんはいつも通りの顔を向けてくる。
「ココ、こういう構図にしたんだけどおかしくないかしら?このシーンは親の方をメインにするのか子供の方をメインにするのかウチでも悩んでて・・・」
その言葉を聞きながら私は一通り目を通した。
今書いてくれているシーンは、確かにどちらをメインにするかで見方が変わる難しいシーンだ。
書かれている漫画の下書きと、私の頭の中にあるシナリオを思い返しながら、私は口を動かした。
「その、私は親の視点から見た子供の成長と、それに戸惑う親の気持ちってイメージで書きました・・・だから、おかしくはないと思います」
「なるほどね・・・親の気持ちと視点かぁ」
それなら、と野々宮さんは手に持っていた残りの紙も広げた。
そこには同じように漫画の下書きがあったが、親のイラストは無く、子供の絵だけが並び、親の気持ちが文字として書いてあるだけだった。
「こっちの方がイメージに近いかしら」
「・・・ぁ、はいっ・・・こっち、凄くいいです」
自分の書いていた文字が可視化できたようで嬉しくて、私は何度も頷いた。
「嬉しいです・・・こうして自分のお話が広がっていくのを感じられて」
「・・・」
そう呟いた私の顔を、野々宮さんは同じような笑顔で見つめてくれていた。
「それを言ったら私の方も嬉しいわよ」
「・・・え?」
「私ね。真中さんの事入社当時から知っていたの。新入社員のスキルとか見るために自身の作品を公開するでしょ?そこで真中さんのお話見て思ったの。こんな素敵なお話書く人いるんだって」
それは、阿部から言われていたことで半信半疑であったが、こうして本人から言われるとそれが真実なのだとよく分かる。
そしてそれがどれだけ嬉しくてたまらない事かという事が、さらに私に突き付けられた。
「阿部は阿部で凄いけれど、単純にお話だけの魅力で言ったら真中さんの方が上だと私は思ってるの。だから、ずっと一緒に仕事がしてみたかった。この人の素敵なお話をゲームにする時、イラストは私がやりたいなって思って・・・それで頑張れたの」
照れながらもしっかりと言葉にして私を見つめてくれる野々宮さんは、感慨深そうに部署にも視線を向けた。
「だから、こうして今回ゲーム制作を一緒にしてる事が本当に嬉しい。漫画にも出来るなんてもっと嬉しい。好きな人と同じものを作れるなんて、こんな嬉しい事なのね」
あまりにも直球なその言葉たちに、私まで恥ずかしくなってしまい俯いた。
「そんな・・・私自身は人見知りで、人と話すのも苦手で」
心では嬉しいのに、頭がそんな事はないと否定してしまい、口にするのは感謝の気持ちではなく自分を下げるような言葉だった。
「それを変えたいって思ったのも最近だったから・・・ずっと私なんて大したものじゃなかったです」
「何言ってんのよ!」
私を下げる言葉に怒ったのは、私ではなく野々宮さんだった。
「アンタ本当に分かってないのね」
続いて吐き出された溜息とその言葉は、仲のいい阿部に向けられるような物で、ほんの少しだけ嬉しかったのは秘密だ。
「・・・真中さんは、周りから好かれてたわよ。間違いなく」
阿部も同じようなことを言ってくれていたがそれも話半分で聞いていた私は、戸惑っているのだろう。
仕方ないな、とばかりに苦笑いを浮かべながら、野々宮さんはキャビネットに肘を付いて私に目を向けずにゆっくりと話し始めた。
「正直、同期で同じ部署にあんな優秀な奴がいて、腐らない方がおかしいわ。でも、真中さんはいつもしっかりと自分の仕事をこなしていたでしょ?サポートだけどあんな凄い奴いないって阿部がいつも自慢してた」
「・・・それは」
仕事だから当たり前。と言いたいが感情は違っていた。
とても恥ずかしいが、少しだけ嬉しい。
「それにね、人と話すことが苦手な真中さんも人気あったわよ?小動物みたいで可愛らしいって」
くすくすと笑いながら野々宮さんは何かを邂逅するように目を閉じた。
「凄くいい仕事をして素敵なお話を書くのに、話し掛けたら少し怖がっているようで。返事だけじゃなくて二言目があった時はみんな帰ってきてから自慢してたの。真中さんと話せた、今日は目を見てくれたって」
私も例に漏れずだけど、と少し意地悪っぽく笑った彼女は、前みたいに他人行儀ではなくて、仲良くなれているのかもしれないと感じて少し…いや、かなり嬉しかった。
「他の部署も結構な人数そう言う人が多かった。なんてことない書類を誰が届けに行くかで揉めるって話よ、人事の友達が言ってたわ。…阿部もいるし、シナリオライター部に行くのは毎回揉めるみたい」
くすくすと笑いながら私を見た野々宮さんはとても優しい笑顔を浮かべていた。
「ほら、人見知りを直すっていうのは大変だろうけど良い事だとも思う。だから、以前の真中さんがダメだったってことはないのよ」
「野々宮さん!お話してないで戻ってくださーい!」
「はいはーい!」
泣きそうな女の子の声が届いたところで、野々宮さんはゆっくりと身体をほぐしてキャビネットから離れた。
「落ち着いたら一緒にランチでも行きましょ?」
「あ・・・はい。ぜひ」
きっとその時もうまくは話せないんだろう。
でも、それが嫌な事ではないと少しだけ思えたのだから不思議だった。
手を振ってくれるデザイン部のみんなに頭を下げて戻った私は、一人でに何故か頬が緩んでいて。
自分のデスクに戻った後も謎のやる気が私を包んでいる気がしていた。