寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~
「ごめん。突然来たりして」
雪乃は言葉を失っていたが、彼の姿を見てギョッとする。
「晴久さん……眼鏡とマスクはどうしたんですか?」
目もと口もとを順々に指し示し、晴久に尋ねる。彼は「あ」と短く反応した。
「忘れてた」
「ダメですよ! 忘れちゃ!」
雪乃は誰かに見られてやしないかと、外をキョロキョロと見渡した。
そんな彼女の様子に首をかしげる。
晴久はここまで来れば家に入れてくれるのではと期待していたが、手短に終わすつもりでいる雪乃はアパート横の歩道で立ったまま「それでどうしたんですか?」と尋ねた。
「電話でも聞いたけど、会えない理由が気になって」
「それは、その……いろいろとやることがあって……」
「雪乃。俺は好きな人が嘘をついているかどうかくらい、わかるよ」
厳しい口調で責めると彼女はハッとした顔をし、晴久は「ね?」と緩めた。
晴久に迷惑をかけたくない、雪乃はその一心で距離をとっていた。
ここまで追いかけてきてくれるとは予想しておらず戸惑っているが、それほど愛されているのだと気付き、うれしくも切なくなる。
(会社で広まっていると晴久さんにも話すべきかもしれない。でももし、噂になるくらいならやっぱり付き合うべきじゃなかったと思われたら……)
晴久と別れる覚悟ができず、彼女は理由を話せなかった。
それならば黙ったまま、距離を置いて沈静化するまでやり過ごせないか、と卑怯な考えをしてしまう。