寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~
無機質なアナウンスの後、車内のほぼ全員が携帯電話を取り出した。彼らは各々、小さな画面で何かを確認し始める。
その光りでそれぞれの顔がお化け屋敷の演出のように恐ろしく照し出された。
周囲は全員男。ほとんどがスーツで真っ黒。暗い電車内では、そんな男たちの顔が光ったり消えたりをひたすら繰り返す。
彼らは慌てることもなく至って冷静、それに引き替え雪乃だけがパニックに陥っていた。
「はっ……はっ……」
鞄の取っ手と一緒に握っていた傘が、手の震えに合わせて“カタカタ”と音を立てていた。
(落ち着かなきゃっ……落ち着かなきゃっ……)
呼吸を整えようとすればするほど、乱れていく。
様子のおかしい雪乃を振り向く人もいたが、基本的に誰も興味を持とうとはしない。変な女がいる、関わらないでおこう。そんなところだった。
しかし、対面に座る男性だけは違った。
彼は席を立ち、中腰のまま雪乃の前へと移動して、彼女の足もとにかがむと。
「……大丈夫ですか」
小さな声で、雪乃に声をかけた。
案の定、雪乃は驚いて「ヒッ」という息を漏らした。しかし目の前にいるのがいつも見ていた憧れの人だと気付くと、全身に入った力が一瞬で熱に変わっていく。
彼は音を立てる彼女の傘を、手を添えて止めた。