谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
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某伯爵邸の庭園に降り立つと、すっかり夜の(とばり)が下りる時刻ではあるが、今はMidsommar(夏至祭)の季節なので、まだまだ陽が高い。
この時季は、真夜中を過ぎても太陽が地平線よりも深く沈まず、いつまでも薄暮の空が続くのだ。

『……こちらにおいでになって、リリコンヴァーリェ嬢』

ウルラ=ブリッド令嬢から手招きされて、リリはイブニングドレスの裾を注意深く(さば)きながら、いそいそとあとをついていく。

迷路のような庭園にもかかわらず、迷わずにどんどん進んでいく令嬢を追って、リリも歩みを早めていくと、いつしか庭園の片隅にlusthus(四阿)が現れた。

冬になると雪深くなるこの地では、四阿(あずまや)といっても風通しを考えた吹き(さら)しの造りではなく、きちんと四方を木材で囲った壁があるため、ちょっとした小屋のようだ。

彼女たちは中へ入って、大きく切り出された窓から、外の景色を見た。

すると、眼前の一角には可憐な白い花房たちを枝垂(しだ)れさせたliljekonvalj(鈴蘭)が、今を盛りに咲き誇っていた。

一年の半分が冬だと言っていいこの国では、リリコンヴァーリェの開花が、長い長い冬が終わり待ちに待った夏の到来を告げる、なによりもうれしい報せである。


『いかがかしら?……私、ビョルンにあなたのお名前を伺ったときから、こちらにお連れしたかったのよ』

ウルラ=ブリッド令嬢が朗らかに笑った。もう扇子で口元を隠してはいなかった。

『まぁ、なんて見事な……しかも、美しくてかわいらしい……それに、もうすっかり『夏』が来たのね……』

リリは思わず、吐息とともにそう漏らした。
自分の名を冠した花……谷間の姫百合(リリコンヴァーリェ)が、もちろん大好きだ。

ウルラ=ブリッド令嬢に向き直り、この場に案内してもらったお礼として、リリが改めてカーツィをしようと膝を折ろうとしたそのとき……

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