谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜

……その「グランホルム海軍大尉」が、問題なのだわ。

リリは盛大にため息を吐きそうになるのを、必死で(こら)えた。

リリの婚約者はビョルン・シーグフリード・グランホルムといって、今年十九歳になる彼女に対し二十五歳になるスウェーデン王国軍の海軍大尉だった。

海軍で指揮を()る武官は上から「〜将」「〜佐」「〜尉」と続き、それぞれに「大」「中」「少」(スウェーデンの軍隊では将官のみ少将の下に准将)がある。

彼の年齢でKapten(大尉)という地位まで駆け上がったのは、その実力もさることながら「家柄」も大いに関係していた。男爵・グランホルム家の二男としてこの世に生を受けた彼は、領地と領民を持つ「有産階級(貴族)」出身だ。

この国にまだ王国軍ができる前、スウェーデン騎士団が加わった北方十字軍のあった時代より、兵を率いる役目を担っていたのが貴族の子息たちだった。その発端は、国王陛下に対して「剣となり盾となる」軍事的奉仕をすれば、納税の義務が免除されたことからである。

この国の貴族社会は、国王陛下を頂点として「Hertig(大公)」「Furste(公爵)」「Markis(侯爵)」「Greve(伯爵)」「Friherre(男爵)」「Riddare(士爵)」と続く。(スウェーデンでは子爵の爵位はない)

だが、それも一八六五年の四身分制議会の廃止によって、永らく議長の職を独占してきた高位貴族がLantmarskalk(執行官)の座を失い、それに伴って下位貴族たちの「政治的特権」も(つい)えてしまった。

その後、栄華を極めた彼らが衰退し没落していくさまは、火を見るよりも明らかだった。

ただ、王国軍においてはかろうじてその威光は健在のようで、貴族の子弟……特に領地・領民を相続できない二男や三男の多くは、相変わらず入隊して武官の道を歩んでいた。

グランホルム大尉もそのうちの一人だ。


しかしながら……実はグランホルム大尉には、なにも軍隊に入って国王陛下に「命」を捧げなくてもじゅうぶん生計が立てられる道があった。

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