谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
「……いよいよ、今月だわね」
エマが頬を紅潮させて夢見るように言った。
すると、途端にリリの顔の色が陰る。
「あら、リリはご自分の結婚式が楽しみではなくて?」
午後のひととき、リリの邸宅の応接間には二人だけしかいない。
けれども、家庭教師によってしっかりと躾けられて育った彼女たちは、向かい合って置かれた長椅子のそれぞれに「淑女」として浅く腰掛け、決して姿勢を崩すことなく背筋をすっと伸ばし、お行儀よく珈琲を飲んでいる。
その長椅子は Almedahlsの布地を使うように申し付けて特注された、今英国で流行りのヴィクトリア様式を模したものだ。
高緯度地域に属するこの国は、一年の半分が冬と言っても過言ではない。だから、雪に閉ざされ気軽に外出できないその間を凌ぐため、邸の内装や調度品に気を配り贅を凝らす。
特に、邸の女たちが同性の客をもてなすために設けられたドローイングルームは、当主の妻のセンスも問われることから、いっそう力が入る。
(ちなみに、男たちはシガレットルームを応接間として使って同性の客をもてなす)
エマが無邪気な灰緑色の目をリリに向けた。
「まさか、そんなことはあるはずないわよね?
だって、あなたの旦那さまになるお方は……
……あの、グランホルム海軍大尉だもの」