谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
確かに、大広間にいるときの大尉は、知人たちと出会っても会話に興じることなく、リリを婚約者だと紹介して簡単な挨拶をするだけで、ずっと彼女の傍から離れなかった。
その後、ウルラ=ブリッド令嬢に誘われて庭園に出て、外れにある四阿にいると、わざわざ迎えにきてくれた。
そういえばその際に、グランホルム氏が『ビョルンが見当をつけて探していたから見つけられた』と言っていたではないか。
「……あなたはどうやらダンスが得意のようだったな。私にとって……あんなにリードしやすいパートナーは、初めてだったよ」
大尉は遠くを見る目でそう言った。
そのときの様子を思い浮かべているようだ。
……大尉はあの一度きりの私との円舞曲を、そんなふうに思って踊っていらしたの?
実は、リリにとってもあんなに踊りやすくリードしてもらえるパートナーは初めてだった。
不機嫌そうな表情は相変わらずだったが、リリに触れるその手はやさしく、且つ洗練されていて、まさしく英国仕込みの「紳士」だった。
それでいて、彼女を大胆にリードしつつ、ダンスフロアを優雅な足捌きで自由自在に動いた。
無骨に見える軍人の彼だが、さすがは幼い頃から貴族として育てられてきた「貴公子」だ、とリリは大尉と初めてダンスをする緊張も忘れて、夢見るようなうっとりした気分で踊ることができた。
だから、たった一曲きりで、あっという間に終わってしまったダンスを、リリは名残惜しくて……寂しくて……哀しく感じていた。
「私のような者は、錚々たる貴族方がお集りの舞踏会などへは、もう二度と御免蒙りたくてよ」
リリはそう答えて肩を竦めた。
「でも……あなたとのダンスは楽しかった……
だから、私……あなたともう一度、舞踏会で踊ってみたかったの……」