氷の美女と冷血王子
「俺は鈴森商事に入社してすぐアメリカ支社に行かされてね。3年向こうにいて、戻ってきたのは去年なんだ。まだ日本で勤めて1年。本当だったら現場を走り回っているはずなのに、創業者一族の直系ってことだけでここにいる。恵まれた立場なのはよくわかっているけれど、その分風当たりも強くて、なかなかうまくはいかない」
「そんな・・・」
いきなり弱音を吐いた俺に、彼女が戸惑っている。

「なんとか結果を出して認めさせなければ、会社の先行き自体も怪しくなってしまう。だから、焦っているんだ。仕事を円滑に進めるために、信用できる人間を側に置きたい。だから、君に声をかけた」

「でも、私に秘書としてのスキルなんて」
さっきまでの怒りの表情は消えたものの、困った顔をした。

「分かっている。側にいて君ができるサポートをしてくれればいい」
「でも・・」
「俺の側にいる限り、ストーカーまがいに周囲をうろつく男も強引に誘ってくる男も近寄らせはしないし、パワハラまがいの人事異動も絶対させない。だからもう一度、本気で働いてみないか?」

「私のこと、調べたんですか?」

きっと誰にも知られたくないであろう過去を、俺が知っていることに驚いているようだ。

「ああ調べた。だからこそ、君に決めたんだ」

「専務」
彼女の目がうるんで見えた。

「随分ひどい目に遭ったんだな」

この話を徹から聞いたときには、はらわたが煮えくりかえった。
匿名でネットにリークしてやろうかと思ったが、『彼女が傷つくだけです』と徹に止められた。
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