氷の美女と冷血王子
「いらっしゃいませ」

着いたのは時々訪れるフレンチのレストラン。
仕事でもプライベートでもよく利用する店だけあって、電話をすれば個室を用意してくれる。
ここなら周りの目を気にすることもなく彼女と食事ができるはずだ。


「こちらのお席でよろしかったでしょうか?」
珍しく女性連れの俺に、支配人が気を使ってくれる。

「ええ、ありがとうございます」

ここは家族とも来る店だから、今まで付き合った彼女を連れてきたことはなかった。
しかし、人目を気にせず落ち着くところと考えるとここが一番。
彼女とここに来ることに迷いはなかった。


「苦手なものはある?」
今さらと思いながら、メニューを片手に彼女の好みを聞いてみた。

「苦手なのは・・・強引な上司」

「え?」
持っていたメニューを落としそうになった。

フフフ。
「冗談です」

だよな。
でも、多少は本音も含まれているのかもしれない。
結構強引にここまで連れてきた自覚はあるし。

「そんな顔しないで下さい。今のは笑うところです」

「ああ、そうか」

俺は一体なんて返事をしているんだ。
彼女の前へ出ると、どうもペースを乱されてしまう。

「好き嫌いはありませんから、専務にお任せします」
にっこりと笑う彼女。

こいつは無自覚でこんな顔をしているんだろうか?
それとも計算か?
もし計算でやっているんなら恐ろしい女だと思うが、そうじゃないことを俺は知っている。

「ワイン、飲めるよな?」
「ええ」

結局、オススメのコースとワインを注文することにした。
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