予備校前で会いましょう
そうだ、こうしちゃいられない。
わたしはしゃがみこみ、鞄からペンケースを出して膝に置いた。
修正液を取りだして、誰かの名前を消してゆく。
"千種公仁"が"種公仁"になり、"公仁"になり、"仁"になり、そして完全に消えた。

修正液が乾くのを待ちきれず、わたしは消した名前のあったスペースの横に自分の名前を書いた。
"高村いつか"
これでよし。
大切な傘に記名するのは美意識に合わないけれど、また盗まれるかもしれない恐怖におびえるよりはましだ。
受験生なのだから、ストレスは少ない方がいい。

ちょうど予鈴が鳴り、わたしは傘を大切に傘立てにさして校舎に飛びこんだ。


――信じられない。
講座を終えて外に出ると、傘立てからわたしの浅葱色の傘は消えていた。
信じられない。信じられない。だって、記名したのに!
傘立てからすっかり傘が持ち帰られて誰もいなくなっても、わたしはその場から動けなかった。
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