お見合い夫婦のかりそめ婚姻遊戯~敏腕弁護士は愛しい妻を離さない~

 それからも、何度か(適度にしつこくない程度に)拓海から電話が入っていた。

 仕事中だったり、たまたまスマホを手元に持っていなかったり、出そびれること数回。こちらからかけ直す勇気もなくて、どうしたものかと悩んでいるうちに、電話は鳴らなくなった。

 忙しい人だ。電話が繋がらないままに、私のことなんて忘れてしまったのだろう。そう思って、私の方もすっかり拓海とのことは忘れていた。


 今日のおじさまからの呼び出しは、「社長室に設置してあるプリンタの調子が悪い」という内容だった。なんということもなく、クリーニングをして一発で解決。

 その後はいつものように、社長室で美味しいお茶とお菓子をいただいている。


「実は今週末、菱形産業の社長との会食が入っててね」


 菱形産業といったら、日本でも5本の指に入る卸売業者の一つで、うちの会社の主要取引先の一つだ。


「会食後、囲碁でも打とうということになった。夏美ちゃんも付き合ってくれんか?」

「私が、ですか?」


 そんなお偉いさんとの会食に平社員の私が同行だなんてとんでもない。


「うちには清家名人のお孫さんがいると言ったら、向こうが是非一度会わせろときかなくてね。ちょこっと顔を出してもらうだけでいいんだ」

「でも……」


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