ヘタレな俺はウブなアラサー美女を落としたい


 今まで触れた経験のない圧倒的な優しさを前に、つい不思議なものを見る目を向けてしまった。お姉さんは俺の視線に気付き、こちらを見る。目が合ってドキッとする。

 彼女はそのままふわっと微笑んだ。


「吐いて胃が空っぽでしょ。よかったら朝ご飯食べていく?」
「えっ……いや、そこまではさすがに――」


 言うと同時に〝ぐぅっ〟と俺のお腹が鳴った。普段そんなに大きな音で鳴らないじゃんと思うほど、自己主張の激しい鳴り方だった。

 タイミングを考えてほしい。ベタが過ぎるぞ!

 頭の中でだけ饒舌で、実際は気まずさのあまり絶句してしまった。言葉の途中で硬直した俺に、お姉さんは「すぐ温めるから、一旦歯を磨いてきて」と笑った。




 こんなに誰かに世話を焼いてもらうことが、この先の人生であるだろうか。

 ――そんなことをぼんやり考えながら、俺はシャコシャコと歯を磨いていた。店の奥にあるお手洗いで使い捨て歯ブラシを拝借して。

 そのお手洗いは間接照明で柔らかく照らされ、置いてあるスティックタイプの芳香剤ひとつ取ってもお洒落だ。さっきはトイレに移動するまで我慢できなかったことを悔いていたが、ここもここで吐くのが躊躇(ためら)われる。

〝吐くまで飲むな〟って話に尽きるけど……。
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