可愛らしさの欠片もない
お昼にはまだ早かった。
珈琲専門店がカフェを併設しているお店で、広すぎず、なんていうか、私には落ち着く空間に思えた。そう、丁度良かった。
奥の席に案内された。
珈琲はおまかせで入れてもらうことにした。ローストされる豆の匂い…。この香り……深呼吸した。
静かな時間が流れている、日曜の喧騒が全く想像できないくらい、特別な空間だ。微かに耳に届く程度にジャズだろう、流れていた。深煎りした珈琲豆のような色の調度品も凄くしっくりと感じられた。
……アイスコーヒーも美味しそうだ。
「名前、連絡先、そのくらいは最低限教え合わないと、次、困りますよね。聞いても大丈夫ですか?」
あ。店内に目を向けている場合ではなかった。次?…そうだ、つき合うって、次があるんだ。今日で終わりじゃないんだった。
「はい、勿論です」
あ゙。勿論なんて。積極的過ぎるかな。はい、だけで良かったかな。ここまで来られたことで変に自信を持ってしまったみたい。
「…では、私はこういう者です…」
多分、名刺を探しているのだろう。言葉と同時に上着の内ポケットに手を入れた。日曜なのにスーツだ。
「…あれ?……どこだ…あ、あぁそうだった、はぁ」
探っていた手を抜くと今度はまた何かを探し始めた。若干明るい表情に変わった。探し物があったようだ。その手にはボールペンが握られていた。カチッと言わせた。
「いつものスーツだと思ってしまって。…これに書きましょう」
お水のコップの下、コースターだ。コップを置き直し引き寄せた。
裏返すと、さらさらと書き始めた。名前と携帯の番号だった。やっぱり、さっきは名刺を探していたようだ。
「こんな物に書いて失礼だけど、私の名前と番号です」
ボールペンをしまうとスッと私の前までそれを滑らせた。受け取った。
「有り難うございます。では、私も…」
何か…、書くものは持っていただろうか。鞄を探った。私もいつもの仕事用の鞄ではないから、ペンもメモ帳も持ち合わせていなかった。
真似をしてコースターに書こうか。ボールペン、貸してもらおうかな。別に携帯で…。
「あ、いいですよ」
え?
「渡した番号に後で連絡をください。それで解りますから」
「あ、…はい、解りました。ではそうさせて頂きます」
…ん、この場で簡単に終わること。それを直ぐやり取りしないのがいい意味で大人なのかなと思った。ドキドキしていたものが落ち着いてきた。静かになった。…なんだろうか、この、なんともいえない状態…。
「失礼致します…」
気がつけば珈琲が運ばれて来ていた。
……今更ながらいい香りだ。この香りを深く感じる余裕があるなんて…。
私は惹かれている人を前にして、とても冷静だということに気がついた。
バッグにコースターを収めた。
知らせるのは今じゃなくていいのよね。