旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~

「すみませんでした。お先に失礼します」

 隣の席の先輩にも声をかけると「謝ることなんてないのよ」といたわりの言葉が返ってきて、また申し訳なくなる。

 とぼとぼと会社を後にし、タクシー乗り場に向かった。足取りは重く、ちっとも前に進まない気がした。

 なんとかマンションに帰りつくと、上田さんが出迎えてくれた。彼女は丸い顔の中にある小さな目を丸くしている。

「まあまあ、ひどい顔色ですよ」

「頭痛で早退してきたの。ヘボい会社員だよね」

 自虐的に笑うと、上田さんは大げさに「そんなことは」と両手を振って否定する。

「もうお勤めなんておやめになればいいのに。何か作りましょうか。お腹は空いていませんか?」

 そう言われれば、朝食以来何も食べていない。だから余計に力が湧かないのかも。

「食欲はないんだけど……」

「とにかく座って。温かいハーブティーをお出ししますから」

 有無を言わせぬ迫力で上田さんは私をリビングのソファに座らせた。バタバタと大きな音を立ててキッチンまでコロコロした体を揺らせて走る。

< 147 / 245 >

この作品をシェア

pagetop